ナイトプールが大盛況のようです。リゾートのような雰囲気のあるナイトプールはインスタ映えする(=画像共有SNS「Instagram」において写真の見栄えが良い)ということから、若い女性を中心に支持を広げています。
「仕事や学校帰りにも気軽に行ける」「夜なので日焼けしないで済む」等の点も支持を集めている理由のようです。

ナイトプール女子が憎くて仕方ない人たち


ところが、ナイトプールの流行に対して、苦言を呈する人や見下す人が少なくありません。ナイトプール女子の「化粧が落ちるから泳がない」「水に顔をつけない」という発言に対して、「それなら行くな」「泳ぐ人に迷惑」等の批判がインターネット上では散見されます。「性病が蔓延してそう」「いくらインスタ映え狙っても女子アナの可愛さには勝てない」というように、ひねくれ感が満載のものも少なくありません。

要するに「リア充爆発しろ」ということが言いたいのでしょう。おそらく彼らは強いミソジニー(女性嫌悪)と支配欲をこじらせていて、若い女性が自分の意思で自由に楽しむ様子と、それを象徴するようなナイトプールが許せないのだと思います。まさに「見下したくて見下したくて震える」人たちです。


確かに日本人は流行に左右されやすいことはやや問題かもしれません。さらに、SNSにアップをして「いいね」をもらうことが目的化してしまっているような「承認欲求モンスター」も一部にはいるでしょう。でも、基本的には他人の趣味なのだからスルーをしておけば良いだけ。それなのにいちいちケチをつけるというのは、不当な干渉やハラスメントだと思います。

リア充女子にはネット民なんてアウトオブ眼中


ナイトプール女子にとっては、ネットで自分たちを叩いている人がいることすら知らない場合がほとんどでしょう。仮に知っていたとしても、「身近に接点の無い見知らぬ誰かが戯言を垂れ流しているだけでしょ」としか思わず、彼らのことは“アウトオブ眼中”だと思います。

顔を伏せた匿名ネットユーザーが自分の時間を愚かなバッシングに費やしている間、ナイトプールを楽しむ女性は、計画段階、実行段階、共有段階の3段階において、とにかくリアルとネット活用を充実させているわけです。
第三者的な立場から両者を比べてみれば、人生を楽しんでいるのは圧倒的にナイトプール女子のほうではないでしょうか?

叩いている人たちは上から目線で見下しているために自覚は無いのかもしれないですが、自分の時間を他人叩きに費やした時点で、自分の人生を大切にできていない「負け組」です。天に向かって唾を吐くようなことをしているだけで、とても惨めだと言えます。


インスタのために山頂でメイク直ししている


実は、このナイトプール女子とそれを叩く人という対比に、インターネットにおける正しい向き合い方があると思っています。この構図をより明確化するために、似たような事例として私個人のお話も追加させてください。

私も評論家という職業をしている人間としては珍しく、Instagram(@genki_katsube)に加えてTwitter(@ktb-genki)でも自分の写真をアップすることがあります。とりわけ山登りを趣味にしているので、山頂での自撮り写真が多くあげています。

最近は人前に出る時は簡単なメイクをしていることが多く、汗をかいてしまう山登りでは撮影前にメイク直しタイムが始まります(笑)「女子だ」と言われることも多いですが、女子か男子かというより自分が好きでやっているだけです。


しかし、本当はその都度お願いせずとも積極的にどんどん撮影してくださるような方が身近にいると様々なバリエーションの写真が撮れて良いのですが、ペースが合う人が少ないために単独行動がほとんど。なので、限られたアングルの自撮り写真ばかりになってしまっており、掲載する写真があまり「フォトジェニック」ではないというのが悩みです。

なお、元々は写真に写ることは好きではなかったのですが、女子SPA!の連載を始めるにあたって、「顔を覚えてもらうように記事の度に自撮りの写真を載せましょう」という編集者さんからの提案を頂戴して、それが緒に就いて習慣化しているというのが現状です。最近は完全に自己満足として楽しんでアップしています。

だから見下しネット民はナイトプール女子に勝てない【勝部元気のウェブ時評】
やっぱり北アルプスはインスタ映えしますね(笑)

ネットで悪口を言うのは地獄にお住まいの方々


ところが、主にTwitterで自撮り写真をアップすることに対して、外見に対する悪口、自撮りへの嘲笑等を書かれることが多々あります。「30代の男性が自撮りアップをするなんて頭おかしい」「承認欲求をこじらせているのだろう」「自分のことをイケメンだと思っているのか」「髪を切れ」「良い歳してホスト崩れみたいな見た目しやがって」のように言う人が少なくありません。

それでも心を一切痛めずにいられるのは、ナイトプール女子と全く構造が同じで、ネットの向こうで悪口を言っているような顔を伏せた匿名アカウントというのは、自分の実生活において無縁の人々だからということが非常に大きいと感じています。
仏教の「六道」でたとえるならば、叩いている彼らを「餓鬼道」や「地獄道」あたりに生息している人たちくらいにしか思っていないのです。

Facebook、Twitter、Instagramで日常的に交流をしている方(=文化圏を共有する方)の大半は、私が自撮りの写真をアップしたとしても、「いいね」「楽しそうだね」くらいにしか思っていないでしょう。まだ自分磨きが足りないと自分では思っているのですが、写真や外見を褒めてくださる方も一部にはいます。

確かにこれまで接点のあった人の中にも、私の自撮りを不快に感じた人もいたのかもしれませんが、共感できないという人はフォローを外すなり、ミュートにするなり、何かしら距離を取って文化圏外に勝手に出て行くはずです。


炎上で炎があがっているのは燃やしている側


炎上も同じです。炎上というと投稿した本人が燃えているように思われていますが、炎上させている人たちが自分たちの文化圏内で勝手に燃やしているだけです。炎があがっているのはあちら側です。


それゆえ彼らと接点の無い、私の身近な友人・知人・家族・フォロワーさんは、私が報告をしない限り、炎上しているという“遠い世界の出来事”をほとんど知りません。炎上が起こっていようが、会社では普段とは変わりなく大好きなメンバーと楽しく仕事をしていますし、日常はとても平和です。

皆が目にするようなニュースでも取り上げられるほど拡散されるケースや、広告を出した企業や自治体に対して電話やメールで苦情が殺到するというケースは、日常生活にまで延焼が及んでいるかもしれません。ですが、基本的にはそれに及ばないレベルの炎上というのは「対岸の火事」であり、「クソリプ」という名の火の粉が飛んでくるというだけで、日常生活とは一切関係の無い出来事なのです。

ネットで嫌われないようにするのは過剰防衛


ネットの世界というのはとても面白いもので、自分とは無縁の遠い世界のできごとまで見渡すことができてしまいます。可視化されているからこそ、自分がどう受け取られているか不安になるかもしれませんが、それは自分の日常生活とはかけ離れた人々にまで過剰に心配をしている状態です。


顔を伏せた匿名アカウントを含んだ万人に好かれる必要なんて無く、ナイトプール女子のように「同じ文化圏内の人々と共感できれば良い」というのがネットの上手な使い方ではないでしょうか?

また、ネットでナイトプール女子を叩いている人たちは、ナイトプール女子を見習って、自分の人生をもっと大切にしたほうが良いと思いました。顔を伏せた匿名アカウントであるがゆえに言いたい放題なのかもしれないですが、叩くのをやめない限り、いつまで経っても「自分の人生の負け組」であることは変わりませんから。
(勝部元気)