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大阪“釜ヶ崎”のぜんざい屋に嫁いだ神戸出身のお嬢様の話

2016年12月16日 12時00分 (2016年12月19日 05時13分 更新)



日雇い労働者の町として栄えた西成にいまあふれるのは、1泊1,000円前後の簡易宿泊所――通称“ドヤ”に暮らす流れ者や、生活保護を受ける老人、そして路上生活者たち。そんなこの町の真ん中で、変わらぬ味を供し続ける夫婦がいる。幼いころに脊椎カリエスを患った西成出身の店主と、その夫をいちずに愛する神戸出身の元お嬢様。おしどり夫婦とワケありおっちゃんらが紡いだ、65年の物語――。



大阪市西成区。この西成区東北端、およそ0.62平米に及ぶ一帯は、古くは「釜ヶ崎」、いまでは「あいりん地区」などと呼ばれる場所。南海電鉄・荻ノ茶屋駅から徒歩10秒の場所に「甘党・喫茶ハマヤ」はある。名物は一杯・320円のぜんざいだ。



「いまでこそ、きれいくなったけど、昔は『荻之茶屋は駅降りたとたんに臭い』と言われとって。皆がそこらじゅうで立ち小便してたからな、その臭いで空気がよどんでた。そら、もう悪名高かった」



苦笑いを浮かべながら濱口博さん(69)は当時を振り返った。ハマヤは1951年、博さんの母・秀子さん(1999年没・享年82)が夫・守美さん(1990年没・享年77)や家族の助けを借りて、現在の場所に創業。肉体労働で疲れた労働者たちが甘味を求めるのは自然なことだった。ぜんざいはもちろん、夏には、かき氷も飛ぶように売れた。



「当時、町の商店街には芝居小屋もあったりして。とてもいい雰囲気の下町やったと、おばあちゃん言うてはりましたよ。

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