司忍・山口組六代目組長が語っていた「弘道会の強さの秘密」

2012年2月14日 16時00分 (2012年2月14日 16時33分 更新)

 司忍・山口組六代目組長、高山清司・若頭を輩出した組織としても名高い名古屋の「弘道会」。暴力団を40年にわたり取材してきた溝口敦氏は、新刊『抗争』(小学館101新書)の中で、1988年に司忍組長をインタビューした際、彼が語っていた弘道会の強さの秘密について、こう紹介している。(文中敬称略)

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司「うちに強いというイメージがあるとしたら、結局、われわれが神戸から中京に入って行ったときには『なんや山口組? どこの組や?』いう時代だったでしょう。しかも警察の圧力、地元の団体の圧力にたえずさらされておった。

 それからうちの一組で五つも六つも地元の組織とやり合って、ずーっと来てるから。今回みたいな大きな抗争(山口組・一和会抗争)になっても、手弁当で喧嘩するいう意識が残ってる。ゼニはないけど、握り飯食ってでも喧嘩やるぞという気持ちがあるから。うちは貧乏してる組だから、手弁当で『よっしゃ、喧嘩するんや』といういいとこは残っとるわね、田舎の出の人間が多いもんでね(中略)。

 まあ極端にいえば、われわれ山口組の者が、日本全国どこも山口組の縄張りなんや、と。よそ様の費場所で飯を食わしてもらっとるんだという意識は、われわれは持ってないわけですな。開拓したとこは城なんやと、そういう気持ちでおるもんで、そこら辺のギャップというか、やっぱりあるわな」

※溝口敦/著『抗争』より

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