「5歳の娘が、通っている幼稚園の運転手に性的暴行を受けた」

 韓国・ソウル近郊の高陽市一山に住む主婦Aさんが警察にこう訴え出たのは、昨年10月末。帰宅時に通園服が破れているなど異変が相次ぎ、娘を問いただして犯行を知ったという。

事件は韓国のネットコミュニティで大きな注目を集め、厳正な捜査と処罰を求める世論が沸き起こった。

 それから5カ月余りの捜査を経て、警察が3月25日に下した結論は「シロ」。娘に対する4度の面談、防犯カメラ16台の映像確認、さらに被疑者のDNA鑑定まで行った結果だ。娘のおむつから男性の唾液が検出されたが、DNAは父親のものと判定。また、娘の陳述に一貫性がなく、面談では同伴のAさんがしきりに口を差し挟んだことも発表された。

 犯行は、単に母親の思い込みだったのではないか――。
通常であれば、多くの人がこう考えるところだが、地元一山の反応は異なる。会員数15万人の地元ネットコミュニティ「一山ママ」では、警察に対する不信が爆発。街頭では、母親たちによる捜査のやり直しを求めるデモまで繰り広げられた。

「5歳の子どもに、あれほど詳細な作り話ができるはずがない」
「子を持つ親として真実を知る必要がある」
「子どもの陳述はどう見ても真実なのに、父兄は呆れるしかない」
「母親たちは行動を起こしている。1日も早い解決を望む」

 「一山ママ」会員やこれに共感するネットユーザーたちは連日、捜査への不満を書き募り、地元京畿道の道知事(道は県に相当)を名指しする書き込みまで出回った。内容は、知事の親戚が問題の幼稚園を経営しているというものだ。
知事はこれを事実無根とし、道地方警察庁サイバー捜査隊に名誉毀損で告発する事態に発展している。さらに、地元有力者が捜査に介入したとの疑惑まで噴出した。ネットでは、現在も不正捜査を疑う声が衰えていない。

 80年代以降のアメリカでは、子どもへの性的虐待疑惑をめぐる集団ヒステリーが、無数の訴訟と冤罪を生んだ経緯がある。それと似た事例のようにもうかがえるが、真相は不明のまま。ただし一山の状況からは、警察、幼稚園などに対する市民の根深い不信も浮かび上がる。


 今回の性的暴行疑惑の背景にあるのは、昨年から韓国中を震撼させた幼稚園・保育園での幼児虐待事件だ。今年1月には京畿道仁川市の保育園で、33歳の女性保育士が3歳の幼児を殴って床に叩きつける防犯カメラの映像がネット上に流出。韓国与党・セヌリ党の金武星代表に「セウォル号沈没事故以来の衝撃」と言わしめた。だが韓国では、同様の事件が2012年頃から増加している。「昼寝しない」「食事を残す」など些細なことで激高した保育士が幼児に暴行する事件が、連日のように報じられてきた。

 こうした事態を招いたとされるのが、朴槿恵政権の福祉政策だ。
朴大統領は2012年大統領選での公約通り、すべての0~5歳児を対象とする「無償保育」制度を13年に導入。しかし、裕福な主婦まで子どもを預けに来る一方、現場の人手不足と資格制度の不備から質の悪い保育士が大量生産された。一連の事態は、韓国で「保育大乱」と呼ばれ、政権を揺さぶる社会問題のひとつとなっている。また、セウォル号沈没事故などで浮上した、警察など行政への不信も、疑惑を生み出す温床だ。

 とどまる気配のない、幼児虐待と市民の疑念。一山の性的暴行疑惑は、真相が明らかになる日が来るのだろうか?
(文=コリアラボ)