澤穂希 日本サッカーを救うためアメリカ人との結婚断念

2011年7月13日 07時00分 (2011年7月13日 07時33分 更新)
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 ドイツで開催しているサッカー女子W杯。なでしこジャパンのキャプテン・澤穂希選手(32)は15才で日本代表デビュー、そして17才のときにはアトランタ五輪に出場まで果たした。

 このとき、女子サッカーは初めて五輪の正式種目になったこともあって、注目度は高かった。しかし、結果は惨敗。世界との差を突きつけられたのだった。さらに五輪惨敗の影響からか、女子サッカー人気も下降し、名門チームが相次いでリーグから撤退を決め、多くの選手が活躍の場を失う。それは代表選手だった澤とて同じことだった。

 そして1999年、澤は人生最大の決断をする。大学を中退して、世界トップレベルの米国のプロリーグへと移籍したのだ。当初は体格差やスピードの違いに戸惑ったものの、持ち前の負けず嫌いと猛練習で、自分の長所を徐々に出し始め、ファンからは“クイック・サワ”と称されるほどの大活躍を見せた。

 仕事(サッカー)が充実し始めると、私生活にも明るい兆しが見えてきた。これまでサッカーひと筋で恋愛とは無縁だった彼女が、人生最大の恋に落ちたのだ。相手は、パーティーで知り合った7才年上の連邦政府エージェントのアメリカ人。間もなくふたりは一緒に暮らし始める。

 しかし、順調な生活も終わりを迎える。米国女子プロリーグが突然休止を発表。帰国を余儀なくされた澤は、このとき、恋人と結婚して米国で暮らそうと考えていたという。このときも澤の母親はこんなアドバイスを送っていたという。

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