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blondy
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FINAL HOME
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LAD MUSICIAN
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COUP DE CHANCE
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 5月25日にソウルで開催されたKJFFの総合プロデュースを担当したIFCAの代表、曽原健氏に当日の様子やKJFFの経緯について、舞台裏から説明いただいた。

 4000人の大観衆はが集まり、KJFFが遂にキックオフ!!

 ワールドカップを一週間後に控えたソウル。5月25日(土)16時過ぎ、「日韓ファッションフェスティバル(KJFF)」の開場時間を迎えた。会場となった奨忠体育館の周辺には、会場を待ち受ける人だかり。開場と共に、館内は人がごった返し、あっという間に座席は埋まってしまった。主催者の発表によると、4000人は軽く超えているだろう、ということ。ファッションショーで4000人規模のものは、世界でもなかなかお目にかかれない。

 KJFFは日韓のファッション協会が共催し、経済産業省やソウル市、韓国の産業資源部、日本大使館などが後援する歴史的ファッションイベントだ。私が、準備のためソウル入りしたのが5月21日、以来4日間、日韓間の様々なトラブルや行き違いを乗り越え、やっとイベント本番を迎えるが、未だにスタッフの間にはピリピリとした緊張感が漂う。

 ほぼ定刻の17時過ぎ、KJFFが開演した。

 トップバッターは、渋谷系を代表してblondyが登場。blondyはデザイナー兼女社長の山田あゆみさんが率いるレディースブランドで、渋谷に店舗も構えている。
 山田さんはプレス、バイヤーを経て、20代でblondyを立ち上げた若手起業家。柔軟な発想とアグレッシブな行動で次々とヒット商品を世に出して、話題になっている。コンサバ系ファッションを好む韓国でも今後必ず大人気になるだろう。実はオーディションの時、blondyに出るはずのモデルが遅刻するというトラブルが派生し、練習不足が心配されたが、無事先鋒の役目を果たした。

 続いて、FINAL HOMEが登場。FINAL HOMEは日本ファッション&アート界の重鎮、津村耕佑氏が率いる。blondyとは対照的なアーティスティックな静の世界を表現。世界各地でのファッションショーに数多く参加した津村さんは経験者らしい落ち着いた佇まいで心強い存在だった。今回ショーを企画する際、最初に声をかけたのが津村さんだった。その縁でKJFFの日本パートを演出した田村孝司さんを紹介してもらった。そう言う意味で今回大変お世話になった方で、私の格闘技観戦仲間でもある。
 その田村さんといつもチームでコレクションを発表している黒田雄一氏が展開するLAD MUSICIANが続いて登場。これで3ブランドが競演した第1部のパート1「Japanese Street Culture」が終了する。

 LAD MUSICIANは日本のストリートファッションを代表するユニセックスブランド。
 昨秋には、ドラえもんをアイコン化したコレクションを発表するなど、他ジャンルとのコラボレーションに積極的なブランドだ。
 この春にはVelfareに大観衆を集めてコレクションを発表した今日本で最も集客力のあるブランド。日本の代表的映像作家、宇川直宏氏制作による映像を背景にクールなコレクションを披露した。

 blondy、FINAL HOME、LAD MUSICIANというジャンルを超えた3ブランドと映像と音楽のパッケージは、まさに演出家の田村孝司氏の真骨頂といえる圧巻の内容。訪れたソウル市民も固唾を呑んで、見入っていた。田村氏は30代前半ながら、日本のファッションショー演出の第一人者で、今はMTVに対抗してFTV(Fashion TV)を根付かせるため奔走している革新的クリエーターだ。

 第1部のパート2は韓国側の「Young Culture Show」。太鼓のパフォーマンスやダンスパフォーマンス、ヒップホップの人気歌手が登場し、日本とは好対照の大衆的で賑やかな内容となった。韓国側の内容の決定が遅れたため、内容を摺り合わせる時間的余裕がなかったため、同じCultureをテーマにしながら、全くコンセプトが違うプレゼンテーションになったが、かえって違いが際立つ面白い結果になったと思う。

 約1時間で第1部が終了、息をつく暇もなく第2部のファッションショーが始まる。

 第2部は、韓国でも知名度があるオンワード樫山のICBでスタート。ICBはロッテ百貨店などでも展開しているが、KJFFではICBコレクションという新ラインで出品。オランダの人気デザイナーデュオ「Viktor&Rolf」を起用したインターナショナルラインだ。当日はICBのうちわが2000枚観客に配布され、ソウルにおいて強力なプロモーションとなった。

 続いて、ワールドの「クードシャンス」が登場。エレガンス系の代表ブランドであり、韓国のファッション傾向にぴったりだと考え、特にリクエストして参加いただいた経緯もあり、反応も気になった。クードシャンスとしては初めてのファッションショーということで、デザイナーの渡邊直子さん以下4人が現地入りして準備に勤しんだ。苦労が実った感動的なショーとなった。続いて韓国の人気デザイナー3人が登場し、約2時間に及ぶKJFFは終演を迎えた。



KJFFまでの長い道のり
 KJFFの発端は2000年の秋。韓国側からワールドカップを機会に日韓ファッションの交流を深める意図で声がかかった。その後、調整のため5回、渡韓した。最初にソウルを訪れたのが昨年の5月、その後「教科書問題」や「首相の靖国参拝」などがあり、少なからずプロジェクトへの影響もあった。そして、二転三転して、内容が最終的に落ち着いたのが、今年の3月だった。

 それから実施までの2カ月、現場レベルで様々な問題が派生した。

そして最後の4日間は、問題の発生とその火消しのため話し合いの連続だった。全てのスタッフはハラハラする思いで、この異文化の交流と衝突を切り抜けながら、イベントを成功に導いた。

 日本人ほどスケジュールをきめ細かく詰める国民はないようだが、今回のイベントでも、韓国側の突然の計画の変更に泣かされた。心配性の日本人を後目に、韓国側はケロッとしたものだった。日本の常識は世界の常識ではない、という事を学んだ。韓国人は「喧嘩慣れ」している。だから、どんなに罵り合っても、終わればわだかまりもなく、いたって爽やかだ。

 「近くて遠い国」韓国。日本のファッション界から色んな人々の参加があったこのプロジェクトだったが、キムチや焼肉だけではない韓国人の個性が少しだけ理解できただけでも意義深いプロジェクトだったと思う。

 そして、日本側からは、オンワード樫山とワールドというライバル関係にあるアパレル企業が参加して同一のステージに上がった。さらに、blondy、FINAL HOME、LAD MUSICIANという異種ファッションの競演があった。そう言う意味で日本側の足並みの乱れも心配されたが、杞憂だった。イベント終了後には、日本側のスタッフ、韓国側のスタッフも入り混じっての打ち上げは大いに盛り上がった。

 この場を借りて、日本から訪韓した参加デザイナー、ブランドの方々、田村さん以下の演出陣、照明、音響、映像、DJ、VJ、スタイリストなど現場スタッフ、そして韓国の現場を担当したoricom、modelineのスタッフに感謝を申し上げたい。


(文責 IFCA 曽原健)



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