90年代〜00年代の芸能ニュースや懐かしの流行を考察!

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"萌えない"佐川の一面…暴力団や政治絡みの「佐川急便事件」を振り返る

イメージ画像は、「佐川急便 再建3650日の戦い」(「財界」編集部 著)の表紙

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"佐川男子""佐川萌え"なるものが流行っているようだが、おっさんの僕は「佐川」と聞くと「佐川急便事件」を思い出してしまう。90年代初めに起こったこの事件。子会社の東京佐川急便が倒産寸前の被害を受けたことにより、東京佐川急便事件とも呼ばれるが、知らない世代もいるかもしれない。

竹下登が右翼からほめ殺しの攻撃を受けていたことに端を発し、佐川急便の社長が暴力団との仲介を図る。ほめ殺しの鎮静化へと至る中で、議員たちに闇献金をしていたことが後々発覚したという問題だ。今回はこの事件の流れを見てみたい。

佐川急便事件とは? ざっくり振り返る


佐川急便事件の引き金となったのは、いわゆる皇民党事件。1987年頃、自民党に所属していた竹下登は、次期首相の最有力候補と見られていた。竹下は、恩義のある田中角栄を裏切ったことが原因で、右翼団体の日本皇民党からほめ殺し(「日本一金儲けのうまい竹下さんを総理にしよう」などと、だめにする意味でほめる)という形で執拗に攻撃される。このような事態を鎮静できずにいた竹下には、「本当に次の首相としてふさわしいのか」という統制力を疑問視する声も出ていた。

この皇民党事件を解決するカギとなったのが、当時の佐川急便社長だった渡辺広康。竹下が金丸信や小沢一郎に相談をした上で、暴力団と関わりがあった渡辺が仲介役として依頼されたのだ。渡辺を通じて、暴力団の稲川会と皇民党との会談の場が持たれ、竹下が田中角栄のもとへ謝罪しに行くことを条件に、ほめ殺しを止めることになった。

2016年3月19日 08時00分

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