おそらく「小説」とは、虚構の話で読む人を楽しませるという、シンプルな目的から生まれたものだと思われます。ところが、次第に多様化・複雑化を重ね、挙句「文豪」と呼ばれる達人まで出現し、誕生当初よりも遥かに高次の芸術へと進化を遂げました。

今では「文学」という学問における1つのカテゴリーとなり、若い世代になればなるほど敷居が高くなってしまっているのが現状です。

そんな若者の本離れ、もとい小説離れを食い止めよう!……などという目的意識はなかったと思いますが、Yoshiが仕掛けた『Deep Love』をはじめとするケータイ小説は、一部若者の琴線に触れる内容と仕組みを兼ね備えたビジネスモデルでした。

35歳で脱サラ後、「iモード」の可能性に掛けて起業したYoshi


文学ではなく“ビジネスモデル”と書いたのは、仕掛け人・Yoshiはもともと事業家だからです。35歳で勤めていた予備校を脱サラした彼は、当時、発売されたばかりだった「iモード」の可能性に着目。
2000年には、その特性を活かし、若者のスナップ写真を掲載したケータイサイト「Zavn(ザブン)」を立ち上げます。ビラや名刺配りといった草の根活動の効果が実り、10万件を超えるアクセスを記録。経営者として上々の滑り出しとなります。


さらに、次の一手を講じるYoshi。彼は「閲覧する人が何かを変えるきっかけになるようなことはできないか」と考え、「Zavn(ザブン)」上で小説を執筆し始めます。それこそが後にケータイ小説のはしりと呼ばれるようになった『Deep Love』 だったのです。

読者である女子高生の体験談も組み込まれていた『Deep Love』


2000年10月から週刊配信が開始された『Deep Love アユの物語』。この物語は、援助交際を繰り返していた17歳の女子高生・アユが、一つの出会いを通して人間的に成長し、愛を見出していくという内容でした
本作で話題になったのは、全編を通して度々描かれる過激な性描写。読んでみると分かるのですが、妙にリアルで生々しく、とても30過ぎのオッサンが書いたものとは思えません。というのもこの話、連載中に届いた読者の感想を組み込みながら執筆していったのだとか。

そうやって「現場の声」を汲み取りながら、1年ほど続いた『アユの物語』は10代の女子を中心に口コミで広まっていき、たちまち大人気に。翌年10月に配信された第3弾『Deep Love レイナの運命』では、2,000万アクセスを記録したといいます。

評論家からは酷評されたものの、書籍は250万部のベストセラーに


また、読者からの要望に応じて書籍化も敢行。これも若い女性の間で話題を呼び、シリーズ累計で250万部の売り上げを記録。一躍、その年を代表する大ベストセラー作になったわけですが、読書愛好家からは全く評価されませんでした。
批判の対象になったのは、稚拙な文章や浅はかな内容、ご都合主義なストーリー展開など。文芸評論家の斎藤美奈子氏からは「文芸誌主催の新人文学賞なら1次選考で落選するレベル」とこき下ろされています。


『Deep Love』は、個人がメディアになる時代の先駆け的存在?


このように、文芸界からは酷評された『Deep Love』ですが、そもそも作者のYoshiは事業家なのであって小説家ではないので、物語的につまらなくなるのは致し方ないというもの。
彼の特筆すべきところは、今では当たり前となったインターネット上における個人的な情報発信をいち早く行ったという点。まだ、FacebookやYouTubeのような情報インフラがない中で、私的なインフラとなるWEBサイトを立ち上げて固定ファンをつくり、そのファンのニーズにあった情報(物語)を発信したということが、革新的かつ合理的であり、評価されるべきポイントなのです。

もちろん陳腐な内容から、コンテンツ的にはたいした価値などなく、BOOKOFF(ブックオフ)の100円コーナーで度々見かけます。しかしケータイ小説ブームを生み出し、ネットによって個人がメディア化する時代の先駆けとなったという意味において、『Deep Love』は記念碑的作品、もとい記念碑的ビジネスなのです。
(こじへい)

Deep Love アユの物語(1) (別冊フレンドコミックス)