90年代〜00年代の芸能ニュースや懐かしの流行を考察!

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シークレットで代役主演に抜擢された無名時代の亀梨和也

競争の厳しい世界

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2006年は、亀梨和也と渋谷すばるがダブル主演、さらに、2007年~2009年、2011年、2012年と、玉森にバトンタッチするまで、亀梨が座長を務め「DREAM BOY」を育てた。

ちなみに、2005年は、亀梨は初座長を務め、ドラマ「ごくせん第2シリーズ」「野ブタ。をプロデュース」に出演し、お茶の間にも広く知られ、大躍進の年になった。

日本初の大回転フライングは伝説に


舞台の主役、座長を務めるだけではく、亀梨は毎年高度なアクロバットの技に限界ギリギリまで挑み続けた。
特に、2011年の帝劇100周年記念公演の際は、中国雑技団直伝の日本初の『険勝好運舞空大回転(大回転フライング)』に挑戦。5mの高さからバンジージャンプをして回転し、元の位置に戻る演技を繰り返すダイナミックかつ危険な技を、2日間の練習でマスターしなければならなかったという。

客席もシーンと静まり返る帝国劇場で、全身全霊を傾け離れ業に挑む亀梨と、それを真剣な表情で手に汗を握り見つめるファンの息が止まるほどの緊迫感は、今も伝説として語り継がれているほどだ。
その大回転フライングは、2015年に中山優馬が亀梨の過去映像を見て自ら「やりたい」と志願。同じ装置を使い、演出を多少替えて技を継承したが、5、6回練習すると腕と足が動かなくなるほど難しい技だったと話している。

なんだかんだいわれても、ジャニーズは競争の厳しい世界だ。直球も変化球もデッドボールでも目をそらさず正面で受け止めなければならないジャニーズタレントは、その分成長もし鍛えられる。背負わなくても飛べる人と背負わされてなかなか前に進めない人がいると思うが、亀梨のような地道に頑張り続ける人は必ず報われるのだ。
(佐藤ジェニー)

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ライター情報: 佐藤ジェニー

杜の都仙台生まれ・在住。雑誌・広告記事を中心に雑食系コンビニエンスライター。約3年間の音楽系フリーマガジンの代表・編集長時代に多くのミュージシャンにインタビューを行う。ジャニ&ライブLOVE。

2016年11月9日 00時01分

コメント 3

  • 匿名さん 通報

    本当に亀ちゃんは努力家で仕事に真摯にむきあっていて尊敬しています❗

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  • 匿名さん 通報

    KAT-TUNは充電中ですが今までの努力が報われ復活できるように祈ってます。素敵な記事ありがとうございます。

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  • 匿名さん 通報

    亀梨さんのドリボの映像化をお願いします 限定予約販売でもかまいません、関係者様ご検討宜しくお願いします

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