2017年1月23日。この日はニュースの速報が慌しく更新された1日でした。

「大関・稀勢の里の横綱推薦」「松方弘樹の死去」という、吉報と訃報に混ざって飛び込んできたのが、「江角マキコ芸能界引退」の報。公表された文書によると「子供達のために、今私にしかできないことを選択し専念する時期だと考え、このような決断に至りました」と説明。2人の子を持つ母親として、嘘偽りのない気持ちなのでしょう。

しかし、この「子供達のために」とのコメントは、単にその成長を見守りたいというニュアンスだけではなく、芸能リポーターの井上公造氏が『スッキリ!』(日本テレビ系)で指摘したように、自身にまつわる報道で、これ以上子供達を傷つけたくないという意図もあったのではないでしょうか。

週刊誌で報じられた不倫疑惑


今回の報道と併せて伝えられているのは、江角の不倫疑惑。24日発売の週刊誌によると、金銭トラブルの加害者宅で6時間もの間、密会していたというのです。江角自身は否定していますが、こうした醜聞が子供達へ悪影響を与えるのは、言うまでもありません。

思えば彼女は、その勤勉実直そうなキャラクターに似合わず、この度の報道と同様に、かなり話題となったスキャンダルをいくつか起こしてきました。今回はそんな江角マキコが起こした事件を振り返っていきます。

“ひらめき婚”で話題になるも…わずか9ヶ月で離婚(1996年)


実業団のバレーボール選手を引退した後、1995年に映画『幻の光』で女優デビューしていた江角は、1996年に写真家の桐島ローランドと結婚。交際の噂もなく、突然入籍したことについて問われた際、「ひらめいたから」と答えたために、“ひらめき婚”などと呼ばれて、当時話題になりました。

しかし、わずか9ヶ月でスピード離婚。別離の理由は、一般家庭で育った江角と御曹司のローランドとの間に価値観の相違があったなど、様々に報道されていましたが、本人の口から真相が語られたことはありません。

17年間に及ぶ年金未納問題が発覚(2003年)


ローランドと離婚した江角は、1998年に主演した『ショムニ』(フジテレビ系)の大ヒットで一躍トップスターに。2003年には、同番組の担当ディレクター・平野眞氏と再婚。
公私共に順風満帆だった矢先に起用されたのが、「国民年金保険料納付キャンペーン」のイメージキャラクターでした。
「将来、泣いてもいいワケ?」と、ショムニで演じた役柄・坪井千夏風の強気な台詞でキメたCMによって、年金の納付を視聴者に促していたものの、なんと、彼女自身の年金未払いが発覚。しかも17年もの長きに渡り、この国民の義務を果たしていなかったというのです。

「年金手帳もあり、払っていると信じていました」と釈明会見を開いた江角。後に相次いで大物政治家たちも未納していたことが発覚し、次第に江角へのバッシングは収まりましたが、この騒動によってシャンプーと頭痛薬のCMを降板させられるという憂き目にあいました。

マネージャーに指示して、長嶋一茂宅に落書き(2012年)


その後、江角は再び渦中の人となります。
2014年9月4日号の『週刊文春』で、江角が元マネージャーの男性へ指示して、長嶋一茂邸の外壁に「バカ息子」などと落書きさせていたと報じられたのです。
記事によると、一茂の妻と江角は子供を同じ有名私立小学校に通わせる、いわゆる“ママ友”の間柄。もともとは親しい仲だったものの、落書き事件の数年前からは関係が悪化していたと、伝えられています。

この文春のスクープが発表される約1ヶ月前、江角は自身のブログで、ママ友からいじめに遭っていたことを告白。「子どもと一緒にいる時に無視をされたり、嫌味を言われたり…」など苦しい胸のうちを明かしていました。
しかし、それに反論するかたちで、ママ友数人が『女性セブン』(2014年8月28日号)の誌上で、江角の方こそ加害者だと告発。
この一件の影響もあってか、最近の江角は実質的な休業状態に陥っていました。

スピード離婚、年金未納、落書き、そして今回の報道……。こうして見ると、波乱まみれだった江角マキコの芸能人生。「子供達のために」。その言葉通り、これからは安穏とした日々を送っていってもらいたいものです。
(こじへい)

※イメージ画像はamazonよりもう迷わない生活 (集英社文庫)