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中村紀洋「元熱狂的野球ファンが球界を代表する“いてまえスラッガー”になるまで」

2017年7月1日 11時00分

ライター情報:死亡遊戯

※写真はイメージです

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あの頃、日本中の野球少年たちがPL学園の“KKコンビ”に憧れた。

先日、本連載で元木大介氏のインタビューに行った時の話だ。元木さんは1971年12月大阪生まれ。つまり年齢的には清原和博と桑田真澄は、地元大阪の4学年上の先輩ということになる。

ちなみに甲子園での本塁打記録は1位清原13本、2位で桑田と元木が6本で並ぶが、本人に聞くと「1位だったら実感もあると思うけど2位だし。1位の清原さんが半端ない本数だからね」と笑い、PL学園についても「2つ上には春夏連覇した立浪和義さん(元中日)や橋本清さん(元巨人)の世代、その1学年下は宮本慎也さん(元ヤクルト)がいたからね。当時の大阪って言ったらPLだから」と強烈にその存在を意識していたと振り返る。

KKコンビの大ファンだった中村紀洋


もちろんあの男もそうだった。今回の主役、中村紀洋である。
73年大阪生まれのいてまえスラッガー。中学時代の楽しみは、テレビで大ファンのKKコンビがいたPL学園の試合を見ながらスコアブックをつけること。84年夏にはPLと取手二高の甲子園決勝戦を雨の中、現地まで観戦に行ったという。

いつの時代も野球選手には、大まかに分けて二種類のタイプがいる。小さい頃からプロ野球に憧れていたファン上がりと、自分でプレーする以外は興味がなくてプロ入りするまでほとんど選手を知らないタイプ。
中村は典型的な前者である。なにせプロ入り後は、球場で子どもの頃から憧れていた清原のもとへ挨拶に走り、バットを貰いに行ったほどだ。

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ライター情報: 死亡遊戯

79年生まれ。デザイナー兼ライター。プロ野球、プロレス、サッカー、映画、おネエちゃん、なんでも書くストロングスタイルを標榜。『文春野球コラムペナントレース2017』で初代日本一に輝く。

URL:Twitter:@shibouyuugi

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