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吉岡雄二「巨人2軍の大砲から、いてまえ打線の中軸へと成り上がった男」【プロ野球世紀末ブルース】

2017年8月11日 11時00分

ライター情報:死亡遊戯

※写真はイメージです

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かつて、巨人に甲子園のヒーローたちが集結していた時代がある。

江川卓、定岡正二、原辰徳、水野雄二、元木大介、松井秀喜、あの王貞治や柴田勲も甲子園の優勝投手だ。

そして、今回取り上げる帝京高校出身の吉岡雄二も89年夏の甲子園優勝投手にして、高校通算51本塁打のスラッガーだった。
最近の野球ファンには『とんねるずのスポーツ王は俺だ!!』のリアル野球BAN企画で、石橋貴明率いる帝京チームの一員として、現役選手顔負けの打球を次々とかっ飛ばす白髪の温厚そうなおじさんというイメージが強いかもしれない。

投手から打者へと転向


甲子園優勝校の4番エース。89年ドラフト3位で巨人から指名を受け、当初は投手としてスタートするも、入団早々右肩を手術して2年間はリハビリ期間。復帰後は1年だけ投手をするも、プロ4年目の92年シーズンオフから打者転向。

身長189cmの大型スラッガーは、「右の吉岡、左のゴジラ松井」と元甲子園のヒーローコンビとして球団からも期待される。できたばかりのFA制度でレギュラー1塁手の駒田徳広が移籍した93年オフには、その背番号10が吉岡に継承されるほどだった。
94年にはイースタンリーグで22本塁打、72打点と二冠獲得(当時のイースタンのシーズン最多安打記録も更新)。ちなみにこの90年代中盤の巨人2軍成績を確認すると、完全に吉岡雄二と大森剛の“YO砲”時代である。

“2軍の大砲”だった吉岡雄二


以前、本連載の『90年代のプロ野球で最もツイてなかった男』でも取り上げたが、92年には大森が当時イースタン新記録となる27本塁打、69打点で二冠獲得。

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ライター情報: 死亡遊戯

79年生まれ。デザイナー兼ライター。プロ野球、プロレス、サッカー、映画、おネエちゃん、なんでも書くストロングスタイルを標榜。『文春野球コラムペナントレース2017』で初代日本一に輝く。

URL:Twitter:@shibouyuugi

コメント 6

  • 匿名さん 通報

    こういう若手有望株軽視の積み重ねが今の巨人の低迷へと繋がっていく訳ですね。

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  • 匿名さん 通報

    巨人て選手育てるの下手ですね。「巨人に入って強くなったな〜」って聞いたこと無い。

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  • 匿名さん 通報

    軽視も何も、結局は自分がチャンスを生かせなかった、それだけのことでしょ。 巨人でプレーするというだけでプレッシャーがハンパないってことは、成功した上原ですら言ってることだし。

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  • 匿名さん 通報

    まぁ、それが「巨人」というチームの特色なんだから。それぞれのチームの特徴があっていいんじゃないの。

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  • 匿名さん 通報

    巨人と与党の繋がり。文春砲。

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