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ロバート・ローズ「99年に153打点を記録! ハマの孤高の最強助っ人」【プロ野球世紀末ブルース】

2017年9月26日 13時30分

ライター情報:死亡遊戯

横浜スタジアム(※写真はイメージです)

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あなたの応援するチームの歴代最強助っ人は誰ですか?

そんな野球ファン同士の飲み会鉄板ネタ。これが阪神ファンならバースだろうし、西武ファンならデストラーデやカブレラ、巨人ファンならクロマティとか数字関係なく"心のベスト10"第1位はセペダとなる。

そして、横浜ファンならロバート・ローズの名前を挙げるファンも多いと思う。90年代に“マシンガン打線”の中核を担った驚異のクラッチヒッター。
当時の野球雑誌等を見ると、日本語も覚えようとしないプライドの高い完璧主義者という記述が目立つが、すべてはグラウンド上の結果で証明してみせるその姿勢は、ある意味プロフェッショナルの鏡と言えるだろう。

ちなみにほとんど飛行機恐怖症の自分としては、ローズが大の飛行機嫌いだったというエピソードに妙な親近感を覚えてしまう。

98年の優勝にも貢献したロバート・ローズ


エンゼルスに所属していたアメリカ時代の92年、バスの事故で頭と足首に怪我をするアクシデントに見舞われ、球団側から調整も兼ねたマイナー降格を告げられると、怒ったローズは移籍を希望。

その隙を付いてスカウティングした横浜の渉外担当、故・牛込惟浩氏は「大人になりきっていない印象もありましたが、奥さんがしっかり者だったので日本でも大丈夫」だと思ったという。

67年3月生まれのローズは当時まだ25歳。助っ人としては小柄の二塁手。見た目も気弱そうな大学生風でたったの年俸35万ドル。

ライター情報: 死亡遊戯

79年生まれ。デザイナー兼ライター。プロ野球、プロレス、サッカー、映画、おネエちゃん、なんでも書くストロングスタイルを標榜。『文春野球コラムペナントレース2017』で初代日本一に輝く。

URL:Twitter:@shibouyuugi

コメント 3

  • 匿名さん 通報

    当時の横浜は外国人野手のスカウトはよかった、投手は全然当たらないポンコツばかりだった。

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  • 匿名さん 通報

    横浜…大洋で思い出す外国人と言えば、俺はシピンだな。

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  • 匿名さん 通報

    シピンね懐かしい。その後巨人に移籍したが鳴かず飛ばずだったなあ。髭を剃った顔もなんか間が抜けてたし。

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