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落合博満「ファンと握手して、静かに現役生活を終えた元三冠王」【プロ野球世紀末ブルース】

2017年10月6日 19時55分

ライター情報:死亡遊戯

※写真はイメージです

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だが、96年オフにFAでポジジョンが被る清原和博の加入に伴い「長嶋監督の困る顔は見たくない」と43歳にして退団。
翌97年からは2年契約年俸3億円の好条件で「日本ハムを日本一にします」と堂々と宣言して11年ぶりのパ・リーグでプレーすることになる。

静かに幕を閉じた現役生活


……さて、ここまでは多くのプロ野球ファンがよく知っているストーリーだと思う。だが、「日本ハムの落合」がどんな活躍をして、どのような引き際だったか覚えているファンは少ないのではないだろうか?
正直、自分もハムのオレ流背番号3は、97年オールスター戦の打席で始球式の広末涼子に超嬉しそうな笑顔を浮かべていた姿しか記憶にない。

落合博満の現役最後の打席は98年10月7日、当時の千葉マリンスタジアムのロッテ戦でのことだ。すでにメディアでは「落合引退」が報じられ、球団からは引退試合の開催を、上田利治監督からは指名打者での先発出場を打診されていた。
このロッテ戦で有終の一発を打てば、12球団すべてから本塁打の記録もあったが、自らそのすべての申し出を断りベンチスタート。

チームが1対4とリードされた5回表、代打で登場した落合は、最多勝が懸かっていたロッテのエース黒木和宏が投じた3球目のストレートを打って一塁ゴロに倒れる。代打でスタートしたプロ野球人生は、20年という時を経て同じ代打で幕を閉じた。
数々の記録を積み上げた男は、球場を後にする時、出待ちしていた何人かのファンから「お疲れさま」と握手を求められ、現役生活が終わったことを実感したという。

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ライター情報: 死亡遊戯

79年生まれ。デザイナー兼ライター。プロ野球、プロレス、サッカー、映画、おネエちゃん、なんでも書くストロングスタイルを標榜。『文春野球コラムペナントレース2017』で初代日本一に輝く。

URL:Twitter:@shibouyuugi

コメント 4

  • 匿名さん 通報

    中日を駄目にした男。嫌い。

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  • 匿名さん 通報

    ↑ここにもいたか「バカさん 頑張って下さい」野郎。

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  • 名無し 通報

    清原さん 頑張って下さい

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  • 匿名さん 通報

    ほとんど 犬のションベン活動だな。

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