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元横綱・輪島伝説 プロレス&バラエティ番組でも大活躍!

2018年10月9日 20時23分

ライター情報:バーグマン田形

画像出典:Amazon.co.jp「天才横綱―輪島大士物語

大相撲第54代横綱の輪島で、北の湖とともに「輪湖時代」を築いた輪島大士氏が死去したことが報じられた。
横綱としての偉大なる足跡はテレビや新聞がこぞって報じると思うので、ここではその後の輪島の活躍を振り返りたい。


ジャイアント馬場が手塩にかけた、名横綱のプロレス転向


1986年、大相撲を廃業した輪島はジャイアント馬場率いる全日本プロレスに入団。
大相撲の現役引退から5年のブランクを経て、38歳での再スタートになる。
相撲界での人気・知名度は、まさに馬場以上といったところ。
当時、日本テレビのプロレス中継はゴールデンタイム放送中。その目玉としても期待される存在だった。
輪島のプロレス転向をきっかけに、東スポ以外のスポーツ新聞もプロレスを取り上げることになったほど。それだけセンセーショナルな話題だったのだ。

社長レスラーの馬場は、アメリカで輪島に約半年間の修行を積ませた。
元世界チャンピオンクラスのレスラーたちをコーチに付け、馬場自身がアメリカでの輪島のデビュー戦のタッグパートナーを務める高待遇ぶり。また、生活面での面倒も馬場がすべて見ていたという。
日本デビュー戦は、輪島の地元・石川県七尾総合市民体育館にて。
対戦相手は昭和を代表する大ヒール(悪役)“インドの狂虎”タイガー・ジェット・シンだ。
乱暴な言い方ではあるが、ラフファイトが売りのシンが試合をリードするため、輪島は根性を見せれば好試合が約束されるカードである。
最高のお膳立てで迎えた凱旋マッチで、横綱時代を彷彿とさせる鋭い眼光、紅潮する気迫の表情を見せた輪島。
しかし、下半身の運びを始め、試合内容自体は全体的にもたついていた印象。シンもどこか遠慮がちで、プロレスの厳しい洗礼を与えるに至らず。
結果は、5分55秒で両者反則裁定だった。
プロレスマニア的には、シンの投げたパイプ椅子がロープに当たって、リングサイドにいた馬場の側頭部にジャストミート、思った以上のダメージに悶絶した馬場の姿が一番の見どころだったかも知れない。


世間の関心は高かったが力量はともなわず……


この一戦は、23.5%の高視聴率を獲得。
プロレスラー輪島に対する世間の注目度の高さが証明された形だ。
その後も観客動員、視聴率ともに上昇。週刊誌でも特集が組まれ輪島フィーバーが続く……はずだった。

実際は、超一流レスラーとの試合が数多く組まれるも、対戦相手の忖度が感じられることがほとんど。
受身を取ることや、相手を倒した後の寝技への移行がなかなか上達しない。相撲が染み込みすぎているのか、試合運びのぎこちなさが拭えないままなのである。
タイトルマッチが組まれても試合内容が伴わない。ファンとの温度差は広がる一方だった。
こうして、輪島フィーバーはあっという間にトーンダウンしてしまったのだが……。

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ライター情報: バーグマン田形

「一般社団法人 日本ハンバーグ協会」理事長。ハンバーグ以外にもプロレス、ファミコン、少年ジャンプ、80&90年代カルチャーが好物。

URL:Twitter:@tagatatomoyuki

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