「アンパンマン」の暗く悲しい歌の世界
健康的なルックスのアンパンマンですが、描かれている世界には「ひもじい」が頻出です。
まあるい顔に真っ赤な鼻とほっぺ、「ザ・健康優良児」な印象(?)のアンパンマン。
先日、そんな「アンパンマン」に関する興味深い本をご紹介したが、作者・やなせたかしが描く「アンパンマン」の歌には、実はずいぶん暗い内容が多いことをご存知だろうか。


「生きるよろこび」を説く一方には、暗く深い悲しみ「死」がついてまわるのだ。
たとえば、『それいけ! アンパンマンのおもしろ音楽館』というDVDに収録されている9曲を見てみよう。
すべて作詞は、やなせたかし先生ご本人。その中で、「勇気りんりん」は、終始楽しい曲だが、他の曲はたいがい暗い。
いちばん有名な「アンパンマンのマーチ」ですら、幸せや喜びを歌うのでなく、わからないまま終わる人生はいやだ、と最初から後ろ向き。根っこの部分は明るいわけではなく、ネガティブな発想からスタートしているのだ。


「アンパンマン音頭'99」では、自分の顔をたべてごらんと誘い、「顔がおいしい」とか食欲の失せるようなことを言う。しかも、彼が飛ぶ理由は「ひもじいひとを救うため」で、「何度死んでも」と軽く言ってのけるのだ。そんなこと言われちゃ、食べられませんよ。
「生きてるパンをつくろう」は、タイトルからしてゾッとするが、要はみんな食べないと死んでしまうという内容で、曲中に「ひもじい」が2回、「死んでしまう」が4回も登場。
生き死にのテーマが多いのは、さすがやなせ先生、「僕らはみんな生きている」の、『手のひらを太陽に』の作詞者だけのことはある。

「ドキン・ドキン・ドキンちゃんードキンのうたー」では、ドキンちゃんが自分の名前を尋ね、知らないという相手に「気の弱いやつは気絶する」と豪語。
それだけの内容なのだが、どういうわけか映像は、原住民に「生贄」としてとらえられるイメージで、今にも食われそうな緊迫感が漂っている。
「ずっこけ! ばいきんまん」では、「運がわるい」「ずっこける」「負ける」「傷ついた」と、ネガティブワードぎっしり。ナイーブな受験生のようで、扱いにくいったらない。

生と死と、喜びと悲しみと、光と影と……そうした表裏一体のものを描くのが「アンパンマン」「ばいきんまん」の世界ではあるだろう。
それにしても、子どもが見るには、あまりに暗く、悲しすぎる曲が多いことは、気がかりだ。
(田幸和歌子)