フォント好きは意外に多い。街で見かける様々な書体の看板を集めた本「タイポさんぽ」(藤本健太郎著:誠文堂新光社刊)や、海外で見かけるブランドのロゴマークのフォントを分析した本「フォントのふしぎ」(小林章著:美術出版社)が発売されてヒット。
そんな中、多摩美術大学グラフィックデザイン学科4年の鈴木千尋さんは、すだれを使ったフォントを制作。パソコンを使ってフォントを作る人は多いが、なぜ「すだれ」を使ったのか、どのようにして作ったのか…など、色々と伺った。

――すだれでフォントを作ろうと思ったきっかけは? 「大学3年生の時に、タイポグラフィーの授業をとっていて、その時の課題でAからZまでのフォトタイポを作ることになったんです。『何を使ったら、面白いかな』と思って、最初はリカちゃん人形で作ってみたり、お餅で作ってみたりしました」

――リカちゃん人形で? 「リカちゃん人形の、髪の部分を使ってできないかと思って試したら、思いのほか髪が短く、文字が作れなくて(笑)。お餅は、切り餅を切ったり焼いたりして試してたら、ブヨブヨになったり、早く固まってしまったりして形にならなかったんです。それを先生に見せたら、いつもは温厚な先生に『これはちょっとヒドイでしょ(怒)』って言われて(苦笑)。
で、どうしよう…と思って実家に帰った時に、ちょうどお母さんが海苔巻きを作ってまして。寿司を巻きすだれで巻いているのを見たり、巻きすだれで遊んでいるうちに思いついたんです。色々なもので試行錯誤をして、ついに発見したという感じですね」

――すだれフォントはすぐに出来ていったんですか?
「最初は、お母さんが使っていた大きなもので作ってみようと思ったんですが、これが立たなくて…。ダイソーで売っていた小さなすだれを使いました。最初に形にしたのは『S』で、白い紙にすだれを立たせて、自然光で上から撮影した時の角度や陰のでき方を吟味して撮影しました。あとは『A』から順番に形を作っていきましたね。
すだれは1つか2つを組み合わせて使用しています」

――CGかと思うほど、よく出来てますね。
「CGとか絵みたいって、よく言われます。一見、すだれだと分からない人も多いようで、不思議がってもらえます。写真を撮る時に、すだれの手前の部分にピントを合わせて、奥の方をボカして撮ったので、そこも不思議な感じに見える要因の一つかもしれません」

――なるほど!手間暇がかかってそうですが、特にこだわったところを教えてください。
「カーブの形を作る時に、指で慎重に整えながら、なめらかなカーブを描くようにしました。それに加えて、輪郭の部分を細かく切り抜いていったので、さすがにPhotoshopの色々な使い方を覚えましたね(笑)」

――形を作るのに、大変だったアルファベットは?
「『B』と『N』は苦労しました。
『T』や『I』は立たせるのが大変だったけど、うまくくねらせることでバランスがとれたんで、ちょうど良い感じになるようにくねらせました」

――先生の反応は??
「『これは面白い』って言ってもらえました(笑)。でも、個性的で面白いフォントを作った人は沢山いて、例えばウルトラマンの人形で作ったり、扇子で作った人がいたり、バナナの皮で作った人がいたり。色んな素材でのフォントの発想が見れて楽しかったです」

鈴木さんは「すだれフォント」以外にも変わった作品をたくさん作っている。今回はその中から「SUZUCHI PRESS」、「勉強あるあるかるた」、「パッケージカゾク」を紹介。

――鈴木さんは1冊まるごと鈴木さんのことについて書いてある「SUZUCHI PRESS」という冊子を作ったそうですが、きっかけは?
「就職活動をしていて、どうしても面接が苦手だったんで、少しでも自分のことが分かってもらえるようにするために作りました。私の年表を作って面白おかしく説明したり、自分のインタビュー記事を自分で書いたり、ヨーロッパに行った時のことを、写真を使ってレポートしたり、クレジットも全部自分の名前を入れて作りました。
私は、多摩美術大学グラフィックデザイン科の在校生や卒業生にスポットを当てるフリーペーパー「GRAPH PRESS」の制作にも携わっていたのですが、そのパロディーという感じで作りました。表紙は、実家の田んぼで撮影してます」(写真参照)

大きな田んぼの真ん中で映っている写真は、面接官の目に止まりやすかったそうで、『実家ってこんな感じなの?』と、コミュケーションを生むきっかけとなり、自分のバックグランドを表現する手段になったという。

その他の鈴木さん作品「勉強あるあるかるた」は、見た人が共感できそうなことを考えて作ったもの。「パッケージカゾク」は、その名の通り、家族をパッケージ風にデザインしたものだ。ちなみに、写真で見ると見た目は小さいように見えるが、高さが50cmはあるとか。

身近な人が楽しんでくれることが嬉しいそうで、アイデアの根底にはそんな思いが含まれているのかもしれない。
将来は、みんなで遊べるようなツリーハウスを建てたいとのこと。元々、ツリーハウスが大好きで、ツリーハウスの写真を集めているという。

ユニークな作品を作り続ける鈴木さんは、一体どんな子ども時代を過ごしていたのだろうか。

「実家は神奈川県の南足柄の山奥にあって、あまりに田舎過ぎて、まわりに家がないから近所に友達もいなかったほどなんです(笑)。おまけに引っ込み思案だったこともあって、一緒に遊ぶのは専ら弟でした。田んぼで遊んだり、実家の敷地内に川が流れているのですが近所にマスの釣り堀があって、たまにマスが流れてくるんでそれを釣ったりしてました(笑)。
あとは、絵を描くのが好きで、いつしか美大に行きたいと思うようになってましたね。デザイン学科を選んだのはデザインを学ぶ事が出来たら人とのコミュニケーションもとれて、人の役に立てるんじゃないかと思ったからです。あと、ちょうど通っていた高校に憧れの先輩がいて、その先輩が多摩美のグラフィックデザイン学科に入学したので、追いかけていったという感じもあります(笑)。」

鈴木さんは晴れて現役で合格。受験課題が「ロープを結ぶ両手」ということだったのだが、鈴木さんはプラスティックの縄跳びの紐を結ぶところを描いたそうで、友達に「それ(プラスティックの縄跳び)はどうなんだろう?」と言われたものの、合格したという。ひょっとすると、人が描かなさそうな絵を描いたことが功を奏したのかもしれない。

ちなみに、鈴木さんの実家は最寄駅まで徒歩50分という所にあり、大学1~2年の時は往復5~6時間かけて通学していたとか。広告会社への就職も決まって、来年の春からは六本木で勤務。山奥から大都会へ…。環境が180度変わる鈴木さんの、これからの活躍に期待。(やきそばかおる)


※「私も、モノを使ってこんなフォントを作ったよ」という方は、ぜひ筆者(やきそばかおる)にご一報を。