いや、正直そんなに無理は言ってないと思うのです。ただ、この条件があると無いでは大分違う。選べる物件の幅も、グッと狭まってきます。
私程度の条件提示でこれなのだから、複雑な事情をお持ちの方はもっと大変だと思う。
……難儀でしょうねぇ。希望に適した物件の数はドカン! と減るだろうし、もしかしたら大家に内緒でペットを持ち込む人だっているかもしれない。
そこで話題なのが、このマンション。「伝通院チェリーマンション」(東京都文京区)では、入居の条件として「保護した猫と同居すること」が掲げられている。
「今や物質的なものではなく、心を満たしてくれるものにこそ本当の価値があると思うのです」
こう語るのは、同マンションのオーナー・荒川友美子さん。数年前、プライベートな問題で苦しかった時期がご本人にあったらしく、その際に支えとなったのが当時飼っていた猫だそうだ。
「あの時に猫がいてくれて助かりました。いなかったら、私もどうなっていただろう……」(荒川さん)
では、どのようにして“ねこマンション”のコンセプトが形になったのか? その辺りについても伺ってみたが、どうもかなりの紆余曲折と運命的なタイミングがあったらしく……。
「元々、ここは私の親が管理していたマンションなんですが、以前は“ペット不可”どころか“ピアノ不可”で“子供不可”の物件だったんです」(荒川さん)
そして、同マンションのオーナー権は荒川さんに引き継がれることとなる。
そこからの経緯は、何かに導かれていると言っても過言ではない。まず荒川さんの方から、引き取り手のない猫を保護・管理する某NPO法人へコンタクトがとられた。
「猫のために何かできることはないか模索していた時期、私から『ウチのマンションの1階で猫の譲渡会ができないか?』と申し出たんです」(荒川さん)
その企画は理由あって形にならなかったが、この出会いを契機に同法人から「“猫付きマンション”をやりませんか?」と持ち掛けられることとなる。
このミラクルな流れに背中を押され、荒川さんは決断することとなる。これが、“ねこマンション”の幕開けである。当然、元から住んでいる入居者からの了承も得、現在ではマンション内の3部屋が“猫付き仕様”となっているらしい。
ところで通常の部屋と“猫付き仕様”の部屋で、異なる点はあるのか? ……ある。最大の特徴としては、壁際にステップが設置されていることが挙げられるだろう。高い場所に登りたがる猫の習性を考慮したからこその工夫である。
また壁の天井付近部分には、3つの穴を開けてみせた。ふすまを完全に閉めきっても、この穴のおかげで猫は室内を一周できるのだ。室内での自由な行き来で、ストレスを解消させてあげるのが狙い。
そんなこの“ねこマンション”の基本ルールとして、マンションから紹介されるネコちゃんの一時的な飼い主(引き取りも可)になることが義務付けられているという。
これ、一人で入居する場合は心配ないと思うのです。このマンションへの入居を希望しているのだから、猫への愛情は漏れなく持ってるだろうし。ただ心配なのは、元より猫と同居している飼い主さんが入居する場合。先住ネコちゃんと新たに飼い始めるネコちゃんの相性が心配じゃないですか? その辺りについて、同マンションにて生活中の入居者・Aさんに話を伺いました。
「私が飼っているのは13歳のオス猫なんですが、生後半年くらいのオスの子猫を新たに引き取りました。
“ねこマンション”へ引き取られる以前に3軒もの家庭を転々としてきた経験を持つ、いわば“空気を読む猫”だそう。とは言いつつも、やはりヤンチャ盛り。その有り余るパワーに圧倒されることも多いようで……。
「私一人だけの時や13歳の猫だけだと、どうしても持て余しちゃうんですね。だから協力し合い、共に子猫を子育てしてるような感じです(笑)」(Aさん)
なんだかんだで、嬉しい悲鳴じゃないですか! 微笑ましい。
ところで、どうして“ねこマンション”に住み始めたのだろう? 巷には「ペット可」と謳う物件もあるだろうに。
「そうは言いつつ、どのマンションも『喜ばしくはない』というのが本音のところなんですね」(Aさん)
ちゃんとしつけをすれば、猫だって壁に引っかき傷をつけるようなことはしなくなる。しかし、そんな事実に理解のない物件が大半だそうだ。一方、この“ねこマンション”は「もっと飼っていいですよ!」と言わんばかりのテンション。その上、同マンションの存在そのものが、捨て猫をなくすための良いアピールとなっている。
入居者すなわち、“ねこマンション”の賛同者と言えるのかもしれない。
そして、今後の“ねこマンション”の展開について。荒川さんには「伝通院チェリーマンション」と異なるコンセプトによる、新たな“猫付き物件”の腹案があるという。
「2019年を目処に、川崎市で猫付きのシェアハウスを始動させることを考えています」(荒川さん)
実は荒川さんには、“ねこマンションのオーナー”の顔とは別に“美術デザイナー”として映画製作に携わってきた実績があるらしい。……というか、どちらかと言うと後者の方が本業だそうなんです。
「ご存知だと思いますが、映画の世界って過酷なんですよね。そこで明日をも知れぬ映画業界の若手に向け、シェアハウスを開いてあげたいんです。皆が一緒に住むことにより、『今、この人のスケジュールが空いてるらしいよ』とか『この作品で求人しているらしいよ』など、情報を共有できると思うんです」(荒川さん)
もしも誰かが撮影で遠征したとしても、「代わりに誰が猫の面倒を見てくれるのか?」といった心配はいらない。だって、たくさんの同居人がいるんだもの。
そんな“平成のトキワ荘”(猫付き)の構想が、既に荒川さんの中で練られている。
最後に。現在の「伝通院チェリーマンション」は満室状態なので、入居希望者がいても相談に乗ることができない。そこで、このコンセプトに同意するマンションオーナーさんの連絡が待望されているという。
「特に郊外では空き室がドンドン増えていっており、今や“大家さん戦国時代”という言葉さえあります。そんな中、何の特色もなく他のオーナーさんと戦っていくのは至難の業なんですね」(荒川さん)
もし“ねこマンション”が目指すコンセプトに共感される大家さんがいらっしゃったら、試しに荒川さんへ連絡してみてくださいね。
(寺西ジャジューカ)