自分は一体、どのような役割を持ってこの世に生まれてきたのだろうか?なぜ自分は生きているのだろうか……。私自身、日ごろこのようなことを考えることがあるが、そうそう簡単に答えを導きだせるようなものではない。


「何のために生まれてきたの?」そんな永遠の命題を、軽快なリズムに乗せた曲がある。
それが、アニメ「アンパンマン」の主題歌である『アンパンマンのマーチ』だ。
「自分は何のために生まれてきたの? 生きている喜びって何? 何が自分にとっての幸せ?」子供達は何を意識するでもなく、永遠の命題を楽しそうに歌う。

私個人としては、子供の頃から軽快なミュージックだけが頭に残っていた『アンパンマンのマーチ』だったが、あるとき突然、その歌詞の深さに気づき驚いた瞬間を覚えている。

『アンパンマンのマーチ』の作詞は、アンパンマンの生みの親である、やなせたかしさんが担当されているが、なぜ、子供向けアニメの主題歌に永遠の命題を取り入れたのだろうか。
それは、『何のために生まれてきたの?――希望のありか』(PHP研究所)という本で知ることができた。


本書には、やなせさんがNHKの番組にて語られた珠玉の言葉たちが詰まっている。
やなせさんの話によると、子供の頃から意識せずに『アンパンマンのマーチ』を歌っていると、この命題を考えることが自然と身に付く気がするという。

確かに、『アンパンマンのマーチ』は子供の頃から私の頭の中にしっかりと記憶されていて、大人になったときに歌詞の意味に気づいたことで、自分の生まれてきた意味や、何が自分にとっての喜びなのかを考えさせてくれるきっかけとなっている。

やなせさんは、30代で漫画家としてデビュー。初代のアンパンマンが誕生したのは、やなせさんが54歳のときで、当時は今のような「顔があんぱん」ではなく、「あんぱんを配るおじさん」という設定で、大人向けに描かれた内容だった。

はじめは子供達に受け入れてもらえないおじさん。
見た目もかっこ悪いため、他のヒーローからも疎まれてしまう。その後に戦争が起こり、世界中で飢えに苦しむ子供達に希望を与えるため、おじさんは子供達にあんぱんを配り奮闘するが、最後は許可なく国境を越えたため、敵の飛行機と思われ撃ち落されてしまうという衝撃のラストを迎える。

この物語には、やなせさん自身が戦争で体験した「本当に辛いのは飢え」ということと、戦争での正義は結果により覆されるが、目の前にいる飢えた人を助けるという正義は、決して覆されるものではないという信念が反映されている。

正義のヒーローはかっこいいものではなく、自らを傷つけてでも誰かを助けるために行動する。おじさんと今のアンパンマンは、見た目は違っていても同じ正義の元で行動しているのだ。
そして、傷つくとわかっていても見返りを求めないからこそ、正義のヒーローはある意味で孤独なのかもしれない。


その後、子供向け絵本として「顔があんぱん」の正義のヒーロー、「あんぱんまん」が誕生する。2年後には今のカタカナ表記の「アンパンマン」になり、アニメ化されて大ヒットしたのは、やなせさんが69歳のときというのだから、一般的にはかなりの遅咲きである。

漫画家としてデビューしてからアンパンマン誕生まで、約20年間ヒット作に恵まれず、その期間は生活のために数々の仕事をされていたやなせさん。
しかし、その経験が結果としてアンパンマンの製作にも役に立ったというのだから、人生に起こる出来事に何ひとつ無駄なことは無く、この遅咲きにも意味があったのだそうだ。

そういえば、私の周りで「アンパンマンは、本当にバイキンマンをやっつける気があるのかな?」という声を聞いたことがある。確かに、アンパンマンはいつもパンチでバイキンマンを遠くに飛ばすだけ。
だからバイキンマンは、次もまた新しい武器を持ってやって来る。彼らの戦いは延々と続くのである。
実は、その答えも本書で知ることができる。アンパンマンに込められたメッセージは、やなせさんの信念そのものであり、とても深いのだ。

最後に、本書はどのような人たちに読んでほしいのかを、本書を出版したPHP研究所の阿達さんに伺ってみた。

「アニメの『アンパンマン』を見て育った中高生に、アンパンマンの誕生秘話とやなせ先生の夢をあきらめなかった人生を読んでほしいです。
また、怪我や病気でお休み中のかたに読んでいただければ、使命感をもってお仕事をしているやなせ先生のユーモラスなお話やメッセージに心が癒され、きっと元気がわいてくると思います。それから、大きな活字の本なので、ご高齢のかたにもお勧めです」

今年で94歳を迎えられたやなせさんは、現在も現役で仕事をされている。目や耳が悪くなり、癌にかかったこともある。腎臓やすい臓なども一部切り取っているし、心臓にはペースメーカーも入っているそうだ。

それでも、「生きている間はなるべく元気に、楽しく暮らしたいと思っている」やなせさんは、実際に体は元気ではなくても、とても元気に見えてしまうのだ。特に、病院へ行くときれいなナースさんを探してしまうというエピソードに、私は微笑ましさを感じてしまった。


その他にも、本書ではやなせさんの信念が感じられる言葉が、章ごとにたくさん並べられている。
もし、アンパンマンが「何のために生まれてきたの?」と誰かに聞かれたら……。その答えは、やなせさんが語られている信念そのものだろう。
(平野芙美/boox)

関連リンク
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