スノードームといえば一般的に“クリスマス”や“冬”を連想させるものとして親しまれているアイテム。冬景色や絵本の世界をモチーフにしたものなどさまざまなタイプがあるのだが、このスノードームは一体いつごろ、どのようにして生まれたのだろうか? 
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
球体や底がオーバル型になったもの、冬やクリスマスをイメージさせるモチーフだけではない多彩なデザインが楽しいヴィンテージ・スノードーム。(c)加藤郁美

そんなスノードームの歴史についてのレクチャーがあったり、珍しいヴィンテージもののスノードームを展示するイベント「スノードームの世界」が、先ごろ西荻窪にあるショップ&ギャラリー「URESICA(ウレシカ)」で開催された。

実物を見て、触れて楽しめるようにと少人数でテーブルを囲んでのアットホームなイベントで、当日はスノードームコレクターなど愛好家の方や、スノードーム作家の方なども参加し、和やかな空気の中スタートした。

講師は、1960年代に世界各国で発展したカラフルなグラフィック切手の本「切手帖とピンセット」(国書刊行会刊、2200円税込)の著者である加藤郁美さん。加藤さんはひとり出版社・月兎社(ゲットシャ)で編集の仕事をするかたわら、シガレットカードやタイルなど、キッチュでキュートな大量生産品のコレクターでもある。
この日会場にずらりと並んでいたのは、10年ほどかけてコツコツ集めた世界各国のスノードームだ。
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
世界各国から集められたレアなスノードームの歴史を学びつつ、実際に見て&触れて楽しむという趣向に参加者も目を輝かせていた。(c)加藤郁美

●スノードームのはじまりは万博みやげ
加藤さんによると、スノードームの原型と言われる作品が現れたのは、1878年に行われたパリ万博でのことなのだそうだ。当時のアメリカの公式調査団による調査報告書には「傘を持った男が入ったガラスのドームのペーパーウエイト」が記載されているが、どこの国で作られたものかは残念ながら不明だったとか。
そして1889年のパリ万博でエッフェル塔モチーフを入れ込んだスノードームが話題を呼び、スノードームは万博みやげとして人気を博すようになったとのこと。

●巡礼地グッズとして大流行
その後、1920年代になるとフランスで“聖女ブーム”が巻き起こり、聖ベルナデッタゆかりの地であり「ルルドの泉」で有名なルルドや、聖テレーズが暮らした街・リジューといった巡礼地で、おみやげものとして人気を集めたのが聖母像などを入れ込んだスノードーム。今回の展示品の中にも実際にあったのだが、ドームの中の“スノー”が金色だったりと、デザインも確かになんだか神々しいイメージだ。
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
美麗なもの、キッチュなものとさまざまなデザインのスノードームが掲載された、海外のさまざまなスノードーム本なども展示。(c)加藤郁美

●第二次世界大戦の影響でデザインにも変化が?
当時は水漏れの危険性があったスノードームに対し、アメリカのガラジャという人物が水漏れを防ぐ構造を開発し特許を取得。その約1年後にはその技術が日本にも伝わり、アメリカでもガラジャのスノードームと日本製のスノードームが2大勢力となったのだそう。しかし第二次世界大戦の真珠湾攻撃をきっかけに、日本からのスノードームが輸出されなくなり、アメリカのアトラス社の商品がそれにとって代わったのだとか。

当時アメリカで人気を集めたスノードームは戦闘機だったり、別れを惜しむ兵士と女の子などをモチーフにした“ミリタリーもの”で、日本との戦争という社会情勢を強く反映していたのだそうだ。
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
イタリアの海辺の街のご当地みやげと思われるスノードーム。貝殻をあしらったデザインが目を引く。(c)加藤郁美

●1950年代にはリーズナブルなご当地みやげとして発展
1950年代のヨーロッパではプラスチックの成形技術が発達し、安価でさまざまなデザインの製品が生産できるように。また社会的には富裕層だけでなく一般庶民も安価に家族旅行ができる時代に突入。そこでリーズナブルな”ご当地みやげ”としてのスノードームが爆発的な人気を得たという。
現在よく見かける、球体ではなく底がオーバル型になったスノードームは、ドイツのコジオール社とウォルター&プレディガー社の2社が同時に国際見本市で発表。この2社はともに女の子向けのヘアアクセサリーを作っていた会社で、バレッタにつけるような平面パーツの余剰在庫をスノードームの中に入れ込み、バックに背景や色を塗って製品化したのだそうだ。
この技術を両者は自社オリジナルのものであるとして譲らず、1954年にはその争いが「スノードーム裁判」へ発展。このとき、コジオール社の社長が“私は雪の降る日にフォルクスワーゲンに載っていて、車のリアウインドウから雪景色を見た。そのときにこのデザインをひらめいたのだ”という伝説的な名言を残したのだそう。しかし裁判ではウォルター&プレディガー社が勝ち、以降現在にいたるまでさまざまなデザインのスノードームを生産している。
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
中で輪投げができるものなど、ゲーム性のあるデザインのスノードームも登場。(c)加藤郁美

●1960年代以降はさまざまなデザインタイプが登場
1960年代にはMADE IN HONGKONGのものが主流になり、キッチュなデザインのものが増加。
また卓上に置くものをなんでもスノードームにしてしまおうという傾向があり、カレンダー付きスノードーム、塩コショウ入れ、バックライト付きスノードームなどが登場。
また人形が乗ったシーソーやケーブルカーなど中身が動かせるもの、スノードームの中で輪投げができるものなどゲーム性を持たせたアイテムも出てきたのだという。
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
こちらはアメリカに現存する遊園地をモチーフにした、水槽のようなユニークな形のスノードーム。(c)加藤郁美

……と、スノードームの歴史や文化的背景について一通りうかがったのだが、この日一番の盛り上がりは、フランスの重要建造物「シュヴァルの理想宮」をモチーフにしたスノードームについてのエピソード。
フランスの片田舎に住んでいた郵便配達夫・シュヴァルが、毎日郵便配達の道のりで見つけた石を仕事のあとに拾ってきてはコツコツと積み上げ、25年かけて自宅の裏庭に完成させたアンコールワット風の奇怪な宮殿が“~理想宮”。シュヴァルは万博の各国パビリオンの写真が載った絵ハガキの配達をしていて、理想の建造物に対しての妄想を日夜膨らませていったのだそうだ。
冬のシーズンアイテム“スノードーム”の知られざる歴史
フランスの重要建造物「シュヴァルの理想宮」のスノードームがこちら。建物も奇怪だが、これに雪を降らせようという感覚もなかなか不思議。(c)加藤郁美

かつて「郵便配達夫シュヴァルの理想宮」(岡谷公二著・作品社刊)の編集を担当した加藤さんの「この建物の中にはシュヴァルが書いたいろんな標語が飾ってあって『努力する者には必ず実りがいたる』だとか、凄く真っ当なことが書いてあるんですけど、全体として気が狂っているっていうのが面白いんですよね」というコメントに、参加者が爆笑……! スノードーム自体もそこそこユニークな代物なのだが、みんなでスマホを使って実際の建物の画像を検索しては「ホントだ、スゴい!!!」などと納得。他にもこの日並んだスノードームは、ショップなどではお目にかかれないようなレアものが多く、参加者も名残惜しそうに写真を撮ったりと、和気あいあいとした流れでイベントが終了した。


加藤さんが考えるスノードームの面白いところは、大量生産されるアイテムが持つ独特のはかなさやバカバカしさといった“エフェメラ(使い捨て)の美の世界”なのだという。国が発行する切手などと違ってカタログ的な資料が存在しないこのスノードーム、情報や現物の収集などにもかなり手間がかかるようなのだが、そのうちスノードームに限らず、こういった興味深い大量生産アイテムを集めて紹介する書籍を出したいと考えているとのこと。

冬のシーズンアイテムというイメージが強いスノードームだが、その歴史には文化的背景や技術革新といったキーワードが絡んでいて、知れば知るほど奥深い。街で見かけることがあったら、そんなうんちくを思い出してみるのも楽しいかもしれない。
(古地屋ジュン)
写真:加藤郁美※禁無断転載