“謎のベールに包まれた国家”という枕詞を聞いただけで、多くの人の頭に浮かぶであろう北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)。そんな謎多き国の“音楽”をテーマにした、驚きの書籍が発売された。


その本は『北朝鮮ポップスの世界』(花伝社)。在日コリアン2世のジャーナリスト・高英起氏(※)と、ライター・構成作家のカルロス矢吹氏が、北朝鮮の音楽を通史的に追いながら、対談形式で紹介していく一冊だ。

……と概要を紹介したが、「ていうか北朝鮮にポップスなんてあるの?」「大政翼賛的な軍歌みたいな歌ばっかじゃないの?」と思った人も多いだろう。もっともな疑問だと思う。

事実、同国の音楽が国家による検閲を受けていることや、いわゆる軍歌的な歌があることは、本書でも言及されている。だが、そのようなステレオタイプ通りの“北朝鮮っぽい”歌だけが、北朝鮮の音楽の全てではない……ということは、本書を読み進めるうちに明らかになってくる。


たとえば1962年発表の『延吉爆弾』という曲の歌詞を見てほしい。この曲は、オーケストラを従えた男性歌手3人が、台詞も交えた掛け合いをしながら進んでいく。

おっと くたばったぜ! 何がくたばったんだい?
遊撃隊“討伐”車へゆっくりゆっくりと這っていった
憲兵野郎の一個中隊が延吉爆弾にくたばったんだ

想像以上にくだけた調子の歌詞に驚くのではないだろうか。なお本書で紹介されている楽曲は、YouTubeなどでその音楽・映像を確認ができるのだが、男性歌手たちは身振り手振りを交えながら半ば笑顔で歌っていて、壮絶な内容とは裏腹に何だか楽しげな雰囲気である。

そしてこの『延吉爆弾』は、クラシックやオペラを基調としながらも、メロディは民謡調という点も面白い。日本を含めた世界の音楽から影響を受けながら、それを自国風にアレンジしていく……というのが、北朝鮮の音楽の特徴だそうで、「北朝鮮の音楽は決してガラパゴスでない」というのは本書でも強調されていることだ。


この『延吉爆弾』の頃は、日本の軍歌や流行歌、ソ連の音楽の影響を受けたものなどが目立っていたが、80年代以降の北朝鮮の音楽は、より“ポップス”に接近していくことも本書では紹介されている。

たとえば1983年に結成されたワンジェサン軽音楽団による『将軍様、縮地法を使う』(1996年発表)などは、ピンクレディーを思わせるような軽快で華やかな歌謡ポップス。なお縮地法とは瞬間移動(ワープ)のことで、金日成が繰り広げた神出鬼没なゲリラ戦が由来とのこと。タイトルからしてユーモア満点だ。

また日本でも好事家に人気のポチョンボ電子楽団(1985年結成)になると、YMO(イエロー・マジック・オーケストラ)の影響も感じる電子サウンドまで取り入れているからスゴい。このグループの楽曲『口笛』(1990年発表)は、哀愁ただよう民謡調のメロディと、ピュンピュンと鳴り響く電子音、「フィフィフィ ホホホ フィフィ ホホホ」というサビが印象的。
名実ともに北朝鮮ポップスを代表する1曲で、哀しく、可笑しく、どこか懐かしい雰囲気に、筆者も聞いてすぐにハマってしまった。

その後も、ジャズやソウル、ゴスペルの影響まで感じる音楽が登場したり、ド派手な演出のステージで色っぽい衣装の美女たちが演奏する楽団が登場したり……といったトピックがあるのだが、詳細は実際に本書を手にとって確認してほしい。

また、そのような音楽の変遷を、北朝鮮の政治・国際関係との関連で語っているのも、本書の面白いところ。偉大な父親へのコンプレックスから金正日は芸術へと向かった……という分析や、歌手から金正恩夫人となった李雪主(リ・ソルジュ)の関わった楽曲の解説などは、特に読みどころと言えるだろう。

なお、そもそもの問題として、「北朝鮮の音楽を面白がったりしてもいいの?」と抵抗を感じている人もいるだろう。そんな人のために、本書の中で特に印象的だった、著者2人の言葉を紹介して終わりにしたい。


「確かに日朝の間には数え切れないくらいの問題が数多く存在しますが、この本を通してわかって欲しいのは、北朝鮮の人達には彼らなりのユーモアがあって、音楽があって、生活がある。それは僕らの考えるものとは違うし歪かもしれないけれど、北朝鮮の人達からしたら尊いものだと思うんです」(カルロス矢吹氏)

「プロパガンダ音楽というのは、実際とても危険なんですよ。繰り返し聴かされると、本当に『そうかな?』と洗脳されちゃう。そういう効果をちゃんと知っておくべきだし、逆に言うとそれを知った上でその音楽をネタとして楽しむことが、プロパガンダ音楽に対する最大の意趣返し、抵抗でもあるんですよね」(高英起氏)
(古澤誠一郎)

※高英起氏の「高」は、正しくははしごたか