いまや日本に3人のみ 81歳の最年長銭湯絵師・丸山清人さんに密着

私が普段から通っている銭湯が大阪・京橋の「ユートピア白玉温泉」だ。露天風呂や寝風呂、座風呂、電気風呂など多彩なお風呂があって、大人440円の入浴料でサウナにも入れる。
ロビーが広く、ソファやテーブル席も用意されていて、湯上りにのんびり生ビールを飲むこともできる。

サービス満点かつ居心地がよくて大好きな銭湯なのだが、その「ユートピア白玉温泉」に丸山清人さんがペンキ絵を描きにやってくると聞いた。丸山清人さんは2016年の9月で81歳になる銭湯のペンキ絵師である。関東の銭湯ではおなじみのペンキ絵。雪を頂いてそびえ立つ富士山が描かれているのが典型的なパターンで、広いお風呂に入って雄大な景色を眺めることで日常から少し逃避したような気持ちに浸ることができる。

現役の銭湯のペンキ絵師は3人のみ


銭湯が年々減少しつつある今の時代にあって、ペンキ絵を描く絵師も貴重な存在となった。前述の丸山清人さん、丸山さんの兄弟弟子である中島盛夫さん、その中島盛夫さんに弟子入りした若き後継者・田中みずきさんの3人のみが現役で活躍しているという状況だ。


3人の中でも最年長の絵師である丸山清人さんが今回大阪の「ユートピア白玉温泉」にペンキ絵を描くことになった経緯をざっと説明したい。日本三名山にも数えられる石川県の霊峰・白山は、717年に泰澄という僧が開山して以来、来年で1300年という記念の年を迎える。「加賀地域連携推進会議」が行う開山1300年の記念事業の一つとして、その白山を銭湯の壁に描くというアイデアが生まれたところに、「ユートピア白玉温泉」の創業者が石川県の小松市出身だった縁もあり、企画が実現することになったという。

とにかく私にとってみれば、日ごろからよく行く銭湯に日本に三人しかいないペンキ絵師の丸山さんが絵を描きにきてくれて、今後はそれを見ながらお風呂に入れるという、なんだかやたらありがたい話なのである。しかも今回は特別に制作の現場を見せてもらうことができた。なんたる幸運。
そんな幸せなひと時の模様をレポートしてみたい。

無駄のない動きで一気に塗る


2016年12月23日正午、この日は終日休業日となっていた「ユートピア白玉温泉」に到着。
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浴場に足を踏み入れるとすでに「白山」のペンキ絵制作が始まっていた。
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ちなみにここからの3枚の画像は、その翌々日に「富士山」の絵を公開制作したときの模様なのだが、最初はこんな風に一面ブルーに塗られた状態から描き始める。
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そこにチョークで大まかなアウトラインを引いていき、
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絵の上部の空の色をローラーで塗っていく。
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で、空の上に白系の色で雲を描き、山の頂の雪を描いた状態が、さっきの状態だと思ってください。それでは再び「白山」の制作の模様に戻ります。

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丸山さんは赤・黄・青・群青色に白を加えた5色のペンキをその場で混ぜ合わせながら色を作っていく。この色づくりのスピード感に驚く。
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刷毛は太さの違うものを10数本使用。細かい部分はさらに細い筆で描いていく。
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こちらが丸山清人さん。脚立から降りては全体を見渡しながら描き進めていく。

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ちなみに銭湯のペンキ絵と言えばほとんどが富士山で、丸山さんが白山を描くのは今回が初めてだという。「ユートピア白玉温泉」の店主・北出守さんのお家にしまい込まれていた白山を描いた油絵と、
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白山を撮ったポスター写真、
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それぞれを参照しつつ、両方の“良いとこ取り”で描いていくようだ。山の頂は白に青を混ぜた色を使いつつ繊細な陰影をつけていく。
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丸山さんの動きには無駄がなく、細かい部分以外は色の調合ができあがると一気に塗っていく。
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少し目を離そうものならいつの間にか風景の中に森のようなものができていたりする。
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ここで面白かったのが、油絵と写真の二つを参照しつつ描いているため、白山の稜線が少し実際のものと違ってしまった。
しかし、その部分もパパッと即座に上書きして修正していくのだ。
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ボコボコっとなっていた稜線をなだらかなカーブに描き直して、
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はい、修正完了。
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すると今度はすかさず手前のこんもりとした山や木々の仕上げに取り掛かっていく。刷毛の先でポンポンと複数の色を置いていくことで生い茂った木々の風合いを作る。
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一気に“山”感が出た。
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今度はクリームっぽい色と黄緑色で陸地部分をダーッと描く。

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絵の下の方の水面もローラーで一気に塗る。
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気付けばだいぶ仕上がってきた。
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今回の制作には丸山さんの奥様の美千代さんもサポート役として参加。美千代さんも絵を描くそうで、個展を開催することもあるという。絵心のある美千代さんなので、制作中のペンキ絵について「あそこはもっとこうした方がいいんじゃない?」と、ところどころアドバイスをしていく。そのアドバイスを時に受け入れつつ、時には「これでいいんだよ」と跳ね返していく二人のやり取りが素晴らしい。
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美千代さん曰く「これでよし!って私が言ったら上達しないでしょ。それじゃ進歩がないじゃない(笑)」。お仕事がない日はできる限り丸山さんのサポート役を務めているそうで、この二人のバランスが作品をより素晴らしいものにしているように思えた。

細い筆に持ち替え、絵の中央の陸地部分にスイスイと線を引いていく丸山さん。手品の如くみるみるうちに建物が建っていく。
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最下部からは茶系の色で葦を生やす。勢いよく線を引く。
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ここまでくると、あとは細かい部分を少し調整するだけでほぼ完成。
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最後は「白山開山1300年」という文字とサイン、日付を入れてできあがり。
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私が到着してから、休憩を挟みつつおよそ3時間半で完成となった。
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昔は広告のおまけで無料だったペンキ絵


丸山さんにお話を伺うと、銭湯の壁面の大きさにもよるが男湯・女湯両方描くとして片方をだいたい3時間~4時間で仕上げるという。絵の周りがペンキで汚れないよう養生したり、脚立を準備したりする部分に1時間ほどかかり、その後、空を塗ってからは早いのだという。今回の絵のできは自己採点で「85点」とのこと。「100点になったらおしまいだからね」と言うところがかっこいい。

丸山さんがペンキ絵を描き始めたのは1960年頃のこと。当時入社した銭湯専門の広告社で浴場内に置く広告を描いていた、「〇〇内科医院」、「〇〇質店」みたいな町のお店の広告である。当時はその広告がよく売れていて、ペンキ絵はそのおまけとして無料で描くものだったとか。それが徐々にペンキ絵がメインになっていった。銭湯の全盛期は一年ごとにペンキ絵を描き替えるところが多く、それこそ日曜日以外は毎日描き続けていたそうだ。今では銭湯でペンキ絵を描くのは月に2~3件で、ライブペインティングのイベントや老人ホームや福祉施設に描きに行く機会が増えてきているという。

この翌日、翌々日と「ユートピア白玉温泉」のロビーで丸山さんが富士山の四季の絵を公開制作していて、その模様も見に行ったのだが、子供からご老人まで丸山さんの流れるような動きに足を止めて見入っていた。銭湯研究家・町田忍さんの実況解説もついた豪華なイベント。四季折々の表現の工夫が面白い。
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大阪でペンキ絵のある銭湯は2軒だけ


「ユートピア白玉温泉」の経営者・北出守さんにもお話を伺った。
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完成した浴場内の白山のペンキ絵を見て「良いものですねえ。お客さんもすごく喜んでくれています」と語る北出さん。北出さんのお母さんが石川県生まれで、まさに今回のペンキ絵に描かれたような風景を見て育ったのだという。しかし、そのお母さん・初枝さんはペンキ絵が完成する1週間前、12月18日に残念ながら他界された。

今回ペンキ絵を描くにあたって丸山さんが参照した油絵は、45年ほど前に当時の常連客で画家の卵だった男性が、北出さんのお母さんが小松市出身だと聞き、白山に旅行して描いてきてくれたものだそう。その絵がもとになってペンキ絵ができ、「これ以上ない母の形見になりました。きっと向こうで見ていると思います」と北出さんは言う。

大阪ではペンキ絵のある銭湯は珍しく、「ユートピア白玉温泉」を含めて2軒のみ。昔はあったのだが徐々に職人さんがいなくなり、描き換える必要のないタイル絵に移行していったという。

イベント後、丸山さんに再びお話を聞いたところ、白山の絵の完成の翌日、湯船につかりながら自分の絵をじっと眺めたとおっしゃっていた。「あんまり自分の絵を見ながらお湯に入ることってないんですよ。それで昨日はゆっくりつかりながら見てみたら、なかなか良いねえって、自画自賛でね(笑)」
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私も改めて湯船につかりながら完成した絵を見てみたのだが、湯気の向こうに見える白山の風景は格別だった。こうしてお風呂に入りながら鑑賞される絵画って他にないものだよなと改めてその存在が面白く思えた。生活とともにある芸術。「いや、芸術なんてものじゃないですよ」と丸山さんは笑って言いそうな気もするが、これは紛れもない芸術だと、湯舟の中で私は思った。
(スズキナオ)

●丸山清人公式サイト
http://japan-fujiyama.com/index.html

●取材協力
「ユートピア白玉温泉」
住所:大阪府大阪市城東区蒲生2-7-36
営業時間:午前6:00~午前2:00
営業日:年中無休