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『ゴースト・イン・ザ・シェル』はポスト・トゥルース時代への回答である

2017年4月21日 18時00分
ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんによる、話題の作品をランダムに取り上げて時評する文化放談。今回は『ゴースト・イン・ザ・シェル』について語り合います。

ポスト・トゥルース時代への一つの回答?


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藤田 士郎正宗の漫画『攻殻機動隊』などを原作として、ハリウッドで映画化が実現した『ゴースト・イン・ザ・シェル』が話題になっています。賛否両論で、どちらかというと否の方が目立つのですが、ぼくは圧倒的に賛です。あれだけの映像を3Dでこの解像度で観れるというだけで凄いんですが、なにより一番いいと思ったのは、過去の『攻殻機動隊』を踏まえて、ポスト・トゥルース時代を見据えた提案をしてきたところです。
 士郎正宗の原作、押井守の『攻殻機動隊』『イノセンス』、神山健治の『SAC』、そして『ARISE』と綿々と続いてきた攻殻のエッセンスや主題を引き継ぎつつ、大予算で映画化した感じですね。

飯田 僕は……あんまりピンとこなかったです。ずいぶん、しめっぽい『攻殻』だなあと。『ARISE』の(悪?)影響かなあ、と。主人公である公安9課・素子のアイデンティティの話を掘って「偽の記憶が埋め込まれてる」とかやられても、そういうのは『ARISE』でもやっていたし。過去いちばんうじうじしている素子。もっとからっとしているところが、あのキャラクターのいいところだと思っていたんだけど。内面や過去をがっつり描くと、謎がなくなるんだよ。謎めいているところが素子のいいところなのに。

藤田 そうですね。しめっぽいところが新機軸で、いいかなって思いました。ネタバレになるのを遠慮せずに言うと、素子の母親が出てくる、素子のそのときの表情が、人間らしい、情緒を出してきている。それが、実写で『攻殻』をやることの意味と繋がっていて、いままでと違っていいかなと思いました。ただ、全体の話のスケールが犠牲になったきらいはありますね。

飯田 血のつながりは……びっくりはしたけど、はあ? って感じ。士郎版でも押井版でも出てくる、バトーが素子に「調子わりいのか?」「生理なの」みたいな、義体なのに生理があるのかそれとも単にシャレなのか、物理的に生理はなくなってるけどなんか残ってるのかとかわからないまま話を進めていくようなウィットがもっと観たかったかな。

藤田 『ARISE』でやった「偽の記憶」「偽の現実」が植えつけられる世界でどうするの、っていうテーマを引き継いだところが、ぼくは良いと思った。『ARISE』では犯人や、9課の面々もやられて、社会全体がそうされていく状態を描いていて、ポストトゥルースやフェイクニュースによる炎上みたいな膨らみがあったけど、今回は一人に絞った。それで、話としてはまとまったけど、こぢんまりとしちゃった。確かにそこは残念。シリーズものだったらもっと展開できたでしょうけど、これじゃあ、公安である意味が薄い。

飯田 そうなんだよ。素子は全身義体で、もともとがどうだったのかわからないからこそいろいろ想像が膨らむけれども「過去の履歴や内面は、あえて描かない」というのが『ARISE』以前の攻殻の基本スタンスで(『SAC』ではちょろっとやっていたけどかなり断片的だった)。『ARISE』でそれをやって、けっこう微妙だなと思ってたんで、その路線をよりエスカレートさせたようなのが今回だった。素子の内面のドラマを観たいかと言われると、そういう話じゃないかなと。

藤田 『ARISE』でぼやっとしたまま終わったそのテーマの解決に取り組んでいるところは、ぼくは好印象でした。ぼく『ARISE』のディスクの解説を書いてて、英訳もされているので、「スタッフの誰かは読んでいるだろう……」と、密かに喜んでいました(笑)
ただ、作品の構造やスケールは単純になったし、解決法も安易かな? とは思う部分があり、そこに不満を持つ人の気持ちもわかります。

社会や自我の主題系の後退


飯田 ハリウッド映画でロボットやAI、サイボーグを扱うと「機械の自我」みたいな話になりがちだけど、そのパターンそのものになっていた。クゼ(原作に出てくる人形使いと『SAC2nd』のクゼを合体させたようなキャラ)が単純な「機械の反乱」みたいな扱いじゃなかったのが救いだけど、だったら原作が一番いいというか、発表年がいちばん古いはずの原作がいちばん複雑なキャラクター造形なんだよね。
深刻なことをやっているのに、ルックをはじめ全体に妙にB級感なのが気になった。多脚戦車を倒すときに限界まで力を使ったせいで素子の義体が引きちぎれるところとか、あんまり重量感がないんだよね。シナリオ的にも、「実は大企業の偉い人が悪いことしてました」、はいはい、どうせそうだと思ってましたけど……ってところとか。スラムで共同生活をしている若者だったら何してもいいとか、さすがに設定が乱暴すぎるのでは。

藤田 クゼに関しても『SAC』であったような、ハブ電脳として社会全体の意志を受けて伝播させる……みたいな社会的膨らみがなくなっていましたね。

飯田 単に「俺たちをこんなふうにした社会に復讐しよう!」だもんね。

藤田 あとは、総理が物分り良すぎるのも気になりました。総理もハックされていたり、荒巻を信じないとか、そのぐらい深刻化してもいいのに、そこは何故か自明の信頼が成り立っているように描かれる。不思議です。総理がトランプとかだったら大変ですよw

飯田 『攻殻』ってもっと賢そうな話だったはずなのに、そのへんが悪い意味での少年マンガ的な単純化がされている感じ。
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コメント 5

  • 匿名さん 通報

    二人の話が全然かみ合っていなくて笑えた。

    12
  • 匿名さん 通報

    ハリウッド版は内容がすっごい単純になるんだよな映像はすごいけど、ちなみに日本で実写化したら恋愛ものになるだろな、少佐とバトーがイチャコラとかそれはそれで面白そうだが、ファンはブチ切れ間違いなし

    7
  • 匿名さん 通報

    中華マネーが注がれてるこの作品。なんで北野君だけが日本語でしゃべってそれが皆理解できるの?スカーレット君の軽度斜視も気になって・・・戦う時に無駄に「裸体」なる設定は誰得?

    2
  • 匿名さん 通報

    気持ち悪い

    0
  • 匿名さん 通報

    過去の話はSAC2でもやったよね?? 言語問題は電脳が介在してる世界で何言ってんのって感じ

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