巷のB級ニュース“小”ネタを毎日配信!

1

映画『メッセージ』言語SFを映像化するむずかしさ

2017年6月11日 19時15分
ライター・編集者の飯田一史さんとSF・文芸評論家の藤田直哉さんによる、話題の作品をランダムに取り上げて時評する文化放談。今回は映画『メッセージ』について語り合います。

※公開からだいぶ経ったのでネタバレありでのレビューです。未見または原作未読の方はご注意ください。

原作よりわかりにくくなっている?


配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

藤田 『メッセージ』は、今、脂が乗り切っているドゥニ・ヴィルヌーヴ監督のSF映画ですね。『ブレードランナー2049』の監督への抜擢でも話題です。原作はテッド・チャンの「あなたの人生の物語」。

飯田 映画公開以降、原作もめっちゃ売れてるみたいですね。

藤田 いまどき珍しく、端整で落ち着いた映像と音響で「魅せる」監督です。『メッセージ』では、なぞの飛行物体と宇宙人との対話が中心ですが、理解できない存在と直面するときの畏怖・恐怖・未知の感じが、映像と音響でうまく伝わっていました。こういう映画は久々に観た感じがします。センス・オブ・ワンダーのある映画でしたね。
 いわゆる宇宙人が攻めてくる『宇宙戦争』とか、あるいは交流する『未知との遭遇』や『ET』などと違うのは、ひたすら言語学的にアプローチするところですね。

飯田 ただ7本足の「ヘプタボット」って名前はどう考えても『宇宙戦争』の3本足「トライポッド」のもじりだし、宇宙人の造形はパルプSFの表紙に出てくるようなタコっぽいし(これは映画版独自の造形ですが)、SFのお約束感は守ってますよね。

藤田 宇宙人の言語を読解していくのは原作の読みどころでしたが、映画版ではいささか単純化されていましたね。そこはどうですか?

飯田 原作で書いてある「光の屈折」の話とかがないから「なんのこっちゃ」と思う人はそれなりにいるんだろうなと思いました。はしょったせいで、原作よりわかりにくくなってね? と。

藤田 思いっきりネタバレになりますが、光の屈折云々は「時間」に関係する部分ですよね。その部分を、映画版では理屈というよりは、編集と構成で直観的に伝えようとしていましたね。「過去から未来に流れている時間」の外側に出て、生涯を見通せるように、言語の習得によって認識が変わるという部分の説得力を。


言語SFを映像化するむずかしさ


藤田 原作では、言語が「ヘプタポッドA」(音声)と「ヘプタポッドB」(文字)の二重になっているところに解読の鍵があるんだけど、それもなくなっていましたね。対で出てくることの必然性がなくなっちゃってた。

飯田 たんに「あいつらはしゃべってる言葉と書き言葉が違う生物だ」って話になっていた。それは別に地球人の言語だって、ほとんどの地域で、話し言葉と書き言葉が一致した(かのような錯覚を抱いている)のなんて最近ですからね。ヨーロッパなら知識人はラテン語で書いていたし、日本人だって漢文で書いていた、つまり話し言葉と書き言葉が乖離している時代は長かった。

藤田 しかし、これは、伊藤計劃の『虐殺器官』『ハーモニー』の映像化と同じ問題で、「言語SF」を映像化するときにやむを得ない単純化ですよね。小説は字で出来ていますから、仕掛けが効果的ですけど、映画は映像と音ですからね。
 それから、使う言語によって世界の認識が変わるという、サピア=ウォーフ仮説が作中で参照されていました。これは今では異論がある仮説らしいし、原作よりも単純化したという批判もありますが……

飯田 「虹の色の数が言語によって違う。7色だと思っていると7つ見えるが、5色分しか言葉がない地域では5つしか見えていない。言語によって見えているものも違う」とかいうのがサピア=ウォーフ仮設の有名な事例ですが、認識と言語化することはそこまで直結しないというのが最近の考えだと思います。

藤田 「世界は言語によって構築されているんだ」っていう、「構築主義」的な考えがありますが、どの程度までが言語で変わるのかについての考え方が時代と研究の進展で変わっているわけですね。
 極端なところまで言ったら「現実」「物質」も言語による「構築物」だっていう、『マトリックス』的な世界観になる。そこまでではないんじゃないの、っていうのが、サピア=ウォーフ仮説に対するいくつかの反論の要点でしょうか。
 
飯田 「言葉によって世界の認識が変わる」っつっても世界の分節化の仕方(どう切り分けるか)が変わるだけで、未来も過去も見通せるようになるとかいうのは相当飛躍なんだけど、あれはみんな納得しているんですかね。時制がない言語は地球にもありますしね。

藤田 宇宙人がくれたテクノロジーだからいいんじゃないすかw

飯田 いや、SFだからもちろんいいんだけど、どれくらい納得感があるものなのかなと。
 日本人は「言ったことが事実になる」という言霊信仰が強いから(「縁起でもないこと言うな」というアレですね)、こういう「言葉が世界を作ってる」的な話がすごく好きですよいね。神林長平作品もそうだし、伊藤計劃作品もそうだし。

『メッセージ』は仏教!?


配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

藤田 日本の影響はあるのかな、とこの映画に感じました。宇宙船がお菓子の「ばかうけ」に似ている、というのではなくて。ヘプタポッドの言語って、書道みたいですよね。

飯田 パンフレットには禅の文字を参照したとか書いてありました。

藤田 そう、禅画の円相のような図を使ってくるじゃないですか。あれを読解するのって、禅問答みたいで。そして「悟り」を開く(笑) 未来の病気も死も別れも承知しながら受け入れる。正確な「禅」ではないけれど、海を超えて、SF的な意匠になって帰ってきた「ZEN」という感じがしました。
 飯田さんは、仏教を感じたと仰られていましたが。

飯田 釈尊が説いた三世についての考えを想起しましたね。

藤田 ほう。どういうものですか。

飯田 釈尊は、過去や未来にとらわれるなと。当時のインドでは輪廻転生を信じている人が多かったので、そういう人たちに対して「次の生があるならその原因は今にあり、今の生の原因はすぎさった過去の生にあるのだから、今に目を向けなさい」と。輪廻転生の話を抜きにしたとしても、すぎたことを悔やんでうじうじしたり、未来を不安がったり、死んだあとどうなるか心配してないで今を生きることに目を向けろと。

藤田 ほう。マインドフルネス的な。

飯田 釈尊は「未来は確定している」という考えは否定したと言われていますので、正確には『メッセージ』とは違うわけですが、主人公の認識としては「過去も未来もわかったら、むしろ今に目を向けて生きようと思った」ということなので、似たような話だなと。
 ただこういう話は仏教にかぎらずありますよね。ニーチェの永劫回帰思想もある意味、似たようなものでしょう。

藤田 ニーチェの永劫回帰思想とは似てますね。人生は、全く同じものが無限に繰り返す。変更はできない。だから今を必死で生きろ……的な側面に関しては。

関連キーワード

コメント 1

  • 匿名さん 通報

    小説家が自分の小説のアイデア内容を漫画家に盗まれたとかあったけど、想像してた内容とソックリとかで、その部分は文書でしか書かれていないが、それは卑怯だと思う、想像を争うなと言いたいね

    0
コメントするニャ!
※絵文字使えないニャ!