毎年、大晦日の晩18時前になると、デンマーク人はいそいそとテレビの前に集まってくる。家族と一緒にいても、友達や近所の人と一緒にいても、18時が近づくと暗黙の了解のようにテレビをつける。
約10分間の女王マルグレーテ2世のスピーチを聴くためである。

「女王のスピーチを聴かないと、新年を迎える準備ができない!」というデンマーク人は、実はかなり多い。年配の方だけでなく、若者にも多い。そして、スピーチを聴いた後は、みんなで感想を述べ合う。今年は良かったとか、イマイチだったとか、どんなメッセージが良かったとか、云々……。デンマーク人にとって、女王のスピーチは、大晦日の一大イベントであり、1年の締めくくりなのである。

スピーチの視聴率が高いのは、そこに女王の人柄や哲学が反映されており、何かしら考えさせられる部分があるからである。2013年大晦日のスピーチでは、「デンマークは小国ですが、ささいなことを気にするケチな国になってはいけません」というメッセージが印象的だった。
女王の名言はいくつもあるが、最近のスピーチで心に残ったメッセージを下記に取り上げたい。2009年には「経済危機の影響で失業者が増えています。けれど、失業しても深刻にならないように。これをスローライフを送ってみるいい機会だと捉えましょう。
大切な人との時間を大切に。人生には仕事よりも大切なことがあるはずです」というメッセージ。2010年には「経済の危機がモラルの危機を引き起こさないように注意しなければなりません。自己中心的にならず、お互いに助け合いなさい。また、他人が自分よりも秀でることを恐れず、自分自身を磨くことに集中しなさい」というメッセージ。

最近、最も内容が充実していたのは、2012年のスピーチである。


「危機のなか、社会は人々を支えるために努力します。けれど、社会が何でもしてくれると期待してはなりません。自分のことから始めなさい。最近、完璧な人生を望む傾向があります。完璧な配偶者、子ども、仕事、趣味、外見……しかし、すべてを手に入れることなど、誰にできるでしょう? この危機の時代に、完璧な人生を望むことは、自分の首を絞めることになります。自分の人生は十分であると受け入れなさい。
また、フェイスブックなどのソーシャルメディアは大きな可能性をもっていると同時に、危険もはらんでいます。とくに若者はサイバースペースで「自分をどう見せるか」に追われています。しかし、大人になって必要なことは、どのグループに属すか、他人からどう見られるかではなく、1人の人間であることです。自分自身を信じる力があってこそ、人生の困難に打ち勝つことができるのです」

このようなメッセージ。女王という浮世離れした立場にいながら、73歳でありながら、時代の流れに即して、国民の目線に立って、地に足の着いたメッセージを届けられるところが素晴らしい。

しかも、女王マルグレーテ2世は、美しい。
美人なうえに、抜群の美的センスをもっている。そのセンスを活かして、ペインターや服飾デザイナーとしても活躍しているくらいである。女王の作品は、斬新でモダンで、どことなく透明感があり、色彩が柔らかく美しい。また、女王の衣装は、大胆で派手で高貴で、女王にぴったり似合う。だが、国民がもっとも愛するのは、女王の気さくな人柄や懐の大きさ、そしてたくましく美しい生き方だろう。女王は、国民の立場に立ち、社会的に弱い立場にある人や孤独な人を思いやり、多様性を受け入れる大きな懐をもっている。
女王マルグレーテ2世が初めて女性として王位を継承してから、世界最古のデンマーク王室は、世界で最も開けた王室になり、内実ともに国民の憧れとなったともいわれる。

そんな女王だが、意外な一面といえば、ヘビースモーカーであることだ。タバコ規制が進んだおかげで、2006年末からは公の場でタバコを吸うのはやめられたが、プライベートではまだ吸われているのだとか。しかも、お気に入りは、海外ではなかなか購入できないギリシャ産のかなり強いタバコらしい。
(針貝有佳)