<コラム>日本人は好かん!韓国人の義父に日本人の嫁がとんでもない一言を発する

2017年10月23日 09時20分 (2017年10月26日 00時00分 更新)

私たちが結婚した1980年代の終わりの頃は、日本と韓国の間での結婚はそれほど多くはなかった。今でこそ外国人と結婚する韓国の人はそれほど珍しくはなくなったが、当時は結構珍しい部類に属していた。写真は韓国。(Record China)

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私たちが結婚した1980年代の終わりの頃は、日本と韓国の間での結婚はそれほど多くはなかった。今でこそ外国人と結婚する韓国の人はそれほど珍しくはなくなったが、当時は結構珍しい部類に属していた。

ハン・ヨンスさんと佐藤よし子さん夫妻と知り合ったのは、慶州(キョンジュ)でのある音楽会でのことだった。慶州はわが妻の故郷。慶州市民会館で国楽(クッガク)の演奏会が催され、外国人と一緒に行くと無料で入れるというプログラムだった。

国楽というものがどんなものかは知らなかったけれど、長い横笛の楽器がデーグムという名前であり、尺八のような魂を揺さぶるような音を出す楽器であることだけは知っていた。「デーグムの演奏もあるみたいよ」というかみさんの一言で一緒に出掛けてみることになったのである。

宮廷音楽のような厳かな音楽が終わり、休憩時間となった。ロビーのベンチに座っていた私ら夫婦に「コーヒー一杯、いかがですか」(コッピ・ハンジャン・オッテヨ)と言いながらコーヒーを勧めてくれる人があった。人懐っこそうな顔をしたハン・ヨンスさんである。3週間ほど前、慶州市の主催するパーティーでも顔を合わせていた。

だんだん増えつつあった外国人とのカップルを招き、韓国生活をエンジョイしてもらうためのパーティーであった。7カップルほどが来ていて、ハンさん夫妻もその中の一組だった。ハンさんは、かみさんの通っている教会と同じ教会に通い始めたところで、互いに顔はちょっと知っている間柄だった。

ハンさんの勧めるコーヒーをいただき、「カムサハムニダ」と私は言った。「韓国語、お上手ですね」と言いながらハンさんはぶあーっと韓国語でまくし立てるのだが、私は「チャル・ハムニダ」(お上手ですね)くらいまでは聞き取れたのだけれどそれ以上は無理で、ただ笑みをたたえるしかない。

よし子さんも同じくらいの韓国語の実力のようだ。だんだんハンさんとうちのかみさんの2人の会話になっていった。話が終わる頃2人とも爆笑し、程なく休憩時間の終わりを知らせるブザーとともにわれわれもまた会場の方へ入っていった。

家に帰ってから聞いたところによると、ハンさんの家族は日本人の嫁さんが気に入らないのだった。日本の統治時代に、本人あるいは家族などが手痛い目に遭っているような場合は、当然日本人に対する感情は推して知るべしである。

ハンさんの家族もそういう立場の人たちなのであろう。特にハンさんの父親が日本人の嫁さんが気に入らないらしく、日本人の嫁さんつまりよし子さんが覚えたての韓国語でいくら優しくあいさつしても、きちんとあいさつも返してくれないほど、日本人に対する覚えは芳しくなかった。

そんなある日、一日の日課も終え、テレビも見終わってそれぞれ寝につく前の挨拶。いつも寝る前にはお互いあいさつをして寝るわけだが、その日も普段と同じようにあいさつをした。寝る前のあいさつは、「アンニョンヒ・チュムシプシオ」(おやすみなさい)であるが、この日、よし子さんはどうしたことか「アンニョンヒ・チュグシプシオ」と言ってしまったのである。

「アンニョンヒ」は「安寧に」とか「安楽に」とか「健康に」といった意味である。本来言うべき「チュムシプシオ」は、「おやすみなさい」の意味であり、従って「アンニョンヒ・チュムシプシオ」は直訳すると「安寧におやすみください」となる。

ところでこの日よし子さんが言った「チュグシプシオ」は、なにあろう「死んでください」という意味。そんなばかな。これほど自分を嫌っている人(しかも夫の父親)に向かって「死んでください」だと!物事は、一線を越えてしまうととんでもないことになってしまうことももちろんあるけれど、笑いを伴うものとなることもままある。この時のよし子さんのせりふ「死んでください」はまさに後者の例。「チュムシプシオ」と「チュグシプシオ」。日本人でもカタカナ表記を見てすぐ違いの分かる人は少ないかもしれない。それくらい二つは似ている。「ム」と「グ」だけの違いだ。しかも単語の中間ほどに位置しているから、違いがそれほどクローズアップされない。

韓国語を覚えたてのよし子さんにとっては、間違いにすぐ気が付かないほどの微妙な差だ。しかし意味は天と地ほどの差。あまりにもあきれ果て、二の句が継げずにいる義理の父。きょとんとしているよし子さん。次の瞬間、この義理の父がこらえきれずに大きな笑いをぶちかまして、その場は丸く収まり、あれだけ嫌いであいさつの受け答えもまともにやらなかった人が、この日を境にすっかり打ち解けてしまったということであった。

「死んでください」というとんでもない言葉が、逆に貴重な潤滑剤になったという信じ難い話であった。信じ難い実話なのである。人間喜劇、確かにそんなこともあるかもしれないなと納得し、それにしても「死んでください」はすごいことだ。陰ながらではあるが、よし子さんに盛大な拍手を送ったことは言うまでもない。あのお父さんも今は旅立ってしまったけれど、ハンさんご夫妻、現在も仲むつまじく暮らしているようである。

■筆者プロフィール:木口政樹
イザベラ・バードが理想郷と呼んだ山形県米沢市出身。1988年渡韓し慶州の女性と結婚。三星(サムスン)人力開発院日本語科教授を経て白石大学校教授(2002年~現在)。趣味はサッカーボールのリフティング、クラシックギター、山歩きなど。

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