<羅針盤>海外での「安全・安心」に万全を!今でも冷や汗「九死に一生」体験―立石信雄オムロン元会長

2018年2月18日 05時00分

海外で日本の駐在員や出張者が交通事故や事件に遭遇し、死傷するケースが後を絶たない。この種のニュースを見聞きするたびにいたたまれなくなる。私もかつて海外の取引先開拓のため諸国を飛び回ったが、今でも生きているのが不思議に思えることも多い。。(Record China)

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海外で日本の駐在員や出張者が交通事故や事件に遭遇し、死傷するケースが後を絶たない。この種のニュースを見聞きするたびにいたたまれなくなる。

私もかつて海外の取引先開拓のため諸国を飛び回っていた。すると多くの経験
をする。今でも生きているのが不思議に思えることも多い。

フランクフルト空港で着地と同時にパンク。ジグザグしながらやっとストップ。滑走路に蛇行したカーブの跡。ロンドンーパリ間では雷に打たれ「ドカン」という凄い音。着陸して機外に出ると先端のカバーが無く、計器類がまる見えだった。

シカゴの一流ホテルでは眠っている間に盗みに入られて金銭をそっくり取られた。出迎えの社員の運転で、アメリカのハイウエーを逆進入するや否や、前方から大型トレーラーが迫ってくる。ああこれ運も実力のうちでこの世ともおさらばという瞬間、見事にかわしてくれ、一命をとりとめた。慌てて車を路肩に止め、タイヤから煙をはきながら蛇行して遠ざかる姿に手を合わせて感謝。一瞬垣間見た運転手の凄い形相が今でも瞼に焼き付いている。等々枚挙にいとまがない。

米国へ本格的な進出をしたころ、シカゴ・シアーズタワーの53階にオフィスを構えていた。シアーズタワーは高さ500メートル、113階建ての当時世界一の高さを誇っていたビルで、部屋はちょうどその中間にあたる。

夜遅くまで仕事をしていると静寂そのもの。こういう時にホールにあるトイレに座っていると、「キリキリキリ。キリキリキリ」とビルの軋む音がする。ミシガン湖からの強烈な風に煽られて一生懸命こらえているのであろう。その音がまるでビルの泣き声に聞こえ、不気味たった。

このように長年にわたり、私以上に多くの危険な経験や心細い思いを抱きながら、日本のビジネスマンは開拓の努力をし、やっと今日の地歩を固めてきたのである。グローバル化が進展する中、企業の海外進出はさらに活発化すると思われるが、各企業は安全・安心には万全を尽くしていただきたい。

各企業は海外経験者から彼らが遭遇した、恐ろしく危険な体験談をまとめ教育していくことが必要ではなかろうか。
<羅針盤篇23>

立石信雄(たていし・しのぶお)
1959年立石電機販売に入社。1965年立石電機(現オムロン株式会社)取締役。1995年代表取締役会長。2003年相談役。 日本経団連・国際労働委員長、海外事業活動関連協議会(CBCC=企業市民協議会)会長など歴任。「マネジメントのノーベル賞」といわれるSAM(Society for Advancement of Management)『The Taylor Key Award』受賞。同志社大名誉文化博士。中国・北京大、南開大、上海交通大、復旦大などの顧問教授や顧問を務めている。SAM(日本経営近代化協会)名誉会長。公益財団法人日本オペラ振興会常務理事。エッセイスト。

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