かつて空前の大相撲ブームにして、「若貴フィーバー」と呼ばれた時代があった。

若花田(のちの若乃花)・貴花田(のちの貴乃花)の兄弟は、相撲というジャンルを越えた国民的スーパースターとなり、本場所は連日満員御礼を記録。
そしてブームのピークだった92年秋には、貴花田と当時のトップアイドル宮沢りえが婚約を発表。このインパクトは、強引に今で例えると現役力士の遠藤と広瀬すずが付き合って、連日ワイドショーを賑わすようなものだ。
突然のビッグニュースで、翌日には西武とヤクルトの日本シリーズ第7戦を差し置いてスポーツ紙1面を占領。これには熱戦を制して日本一に輝いた西武の選手も、「何もこんなタイミングで発表しなくても…」と絶望したというエピソードが残っている。

そんな大相撲黄金時代のど真ん中92年1月に公開された映画が『シコふんじゃった。』である。
当時26歳の元人気アイドル本木雅弘が披露した引き締まった身体とまわし姿が話題になった本作。そのインパクトは、しつこく今で例えると、NEWSの手越祐也が相撲映画に主演して思いっきり尻を出すみたいなものだ。
監督はブレイク前夜の周防正行。共演者には柄本明、竹中直人、田口浩正、相撲部マネージャーのヒロイン役で弱冠21歳の清水美砂といった個性派俳優がズラリ。

弱小相撲部に助っ人入部した本木演じる主人公


物語はいたってシンプルだ。主人公はレジャー系のチャラいサークル活動を中心に、お気楽な大学生活を送る教立大学生の山本秋平(本木雅弘)。就活も要領よくコネを使いさっさと終えるも、秋平は卒業に足りない単位と引き換えに穴山教授(柄本明)と取引し、メンバーが足りずに潰れる寸前の弱小相撲部に助っ人入部。

唯一の正式部員で8年間留年しながら相撲を続ける青木富夫(竹中直人)と組んで、運動音痴のファットボーイ田中、美人マネージャーに憧れる秋平の弟・春雄、イギリス人留学生スマイリーらを次々と勧誘。なんとか5名揃えるも試合では当然ボロ負けして、打ち上げでは口うるさいOB連中から猛烈にディスられる始末。

それに腹を立てた秋平が「勝ちゃいいんだろ!勝ちゃあ!絶対勝ってやる!なぁみんな」と威勢よく啖呵を切るが、果たして彼ら弱小相撲部は強くなれるのか? ここから一気に物語は進んでいくと思いきや、翌日になると秋平は「あぁ馬鹿なこと言っちゃった。たった一度で良かったのに」と己の言動を後悔する情けなさ。

『シコふんじゃった。』が独特な点


この映画が独特なのは、なかなか登場人物達が相撲に対してヤル気を示さないことだ。
当時ブームの相撲に便乗するというよりは、思いっきり斜めから相撲を見ている学生達。「まわし」を「ふんどし」と呼び続け、「今ね相撲は凄い人気なんだ、貴花田とか若花田とか」と浅い知識で笑ってみせる。
イギリス人留学生スマイリーにいたっては、尻を出すのが恥ずかしいからと頑なにスパッツ着用で土俵に上がる。そんな煮え切らない男達に対して美人マネジャー役の清水美砂は「とにかく今の男の子は、どうしたら女の子にモテるしか考えてない」と嘆くのであった。

長嶋茂雄のお笑い伝説も登場


秋平たちが通う教立大学のモデルは周防監督の母校立教大学。野球マニアの周防監督らしく、ところどころで母校の大スター長嶋茂雄お笑い伝説が登場する。

・ミスターは最初の英語の授業で、THEをテヘって読んだ。
・ミスターが隣の席の人に「凄い便利だねその本、日本語訳が出てるんだ」と絶賛したら、普通の英和辞典だった。

という具合で面白おかしく進んでいくストーリー。すでに終焉していたバブルの香りもほのかに漂わせながら、主演のモッくんは今風の(と言っても92年当時の)熱くなりたいのにいまいち熱くなれない大学生像を好演。
コメディから終盤のスポ根テイストまでテンポ良く進むが、惜しむらくは後半に春雄に憧れる巨体女性の存在が大きくなるにつれて、展開が無茶苦茶になり物語が破綻してしまっていることだろうか。
 
本作は第16回日本アカデミー賞にて最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞、最優秀主演男優賞(本木雅弘)、最優秀助演男優賞(竹中直人)と5冠王に輝く大当たり。
周防監督はこの4年後に『Shall we ダンス?』を世に出し、本木雅弘も主演を務めた『おくりびと』が09年アカデミー賞外国語映画賞を受賞。
今思えば、24年前に公開された『シコふんじゃった。』は、80年代にピンク映画でデビューした周防監督の出世作にして、「スーパーアイドルモッくん」を「俳優・本木雅弘」に変貌させるきっかけとなった、日本映画史において非常に重要な意味を持つ1本と言えるだろう。

『シコふんじゃった。』
公開日:1992年1月15日
監督:周防正行 出演:本木雅弘、清水美砂、柄本明、竹中直人
キネマ懺悔ポイント:42点(100点満点)
土手に寝転びながら「俺らこんなんでいいのかなぁ」と人生に悩むモッくんのバックに流れるのは『悲しくてやりきれない』。本曲は現在絶賛公開中の映画『この世界の片隅に』でもコトリンゴがカバーして話題に。
ザ・フォーク・クルセダーズが1968年3月に発売して以来、50年近く歌い継がれている時代を超えた名曲に拍手!
(死亡遊戯)


※イメージ画像はamazonよりシコふんじゃった。 [DVD]