近年、大学教育現場では小中学校レベルの勉強内容の復習が平然と行われているということが問題視されている。

 たとえば昨年2月、関東にある大学に対し、文部科学省が「be動詞は大学水準とはいえない」と教育内容に関して指摘したことが話題になった。

また、関西の大学でも、1年生向け授業で「動物園」の読み仮名に「flower」の日本語訳、456センチを10等分した値などが出題されるというのだ。あまつさえこの大学の使用する教科書には、「友達の名前を覚えましょう」「教科書を音読しましょう」といった小学校低学年向けの指導のような内容まで記されているという。

 こうした基礎学力の補習は「リメディアル(=やり直し)教育」と呼ばれている。もはや大学に対し、最高学府としての権威を疑う声も出てきそうだが、リメディアル教育の浸透にはどのような背景があるのだろうか。『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』(光文社刊)などの著作を持ち、予備校を主宰するなど活躍する河本敏浩氏に話を聞いた。

●定員割れの大学がある以上、学び直しは必要

「今の大学1年生からは『脱ゆとりプログラム』の世代で、ゆとり教育を受けていたのは今の大学2年生までです。
カリキュラムが変更され、中学も高校も、勉強は以前より大変になっています。

 ただ、定員割れの私立大学が全国で約4~5割あるといわれていますので、高校時代にまったく勉強せずとも大学に入れたような学生は、いまだに多数存在しています。国の政策が変わっても、いわゆる“座学”ができない大学生は相変わらず残っているというのが現状です」(河本氏)

 リメディアル教育の需要があるのも納得である。これは一体いつ頃から本格化し、大学教育にどこまで密接に関わっているのか。

「過去の勉強内容の学び直しというのは、大学の定員充足率が下がってくるにしたがって盛んになり、大学教員の研究対象となってきました。21世紀初頭頃から問題化され、リメディアル教育という言葉は2005年にはもう私たちの世界で定着していました。
実際、同年に『日本リメディアル教育学会』が設立されています。

 リメディアル教育は、その学部にどうしても必要な勉強内容については必修化されているケースが目立ちます。例えば工学部は、数学3【編注:正式表記はローマ数字】の微分・積分ができないとどうしようもありません。推薦で合格するなど一般入試を経由していない学生が増えているため、きちんと受験での選抜が機能している偏差値50~60の大学でも同じことがいえます。

 一方、とにかく定員を充足させるために“来る者は拒まず”という大学は、小中学校で習う漢字の書き取りをさせたり、100マス計算をやらせたりといったレベルから実施しています。こういった大学では、建前上はリメディアル教育を任意としているケースが多いですが、実態はほぼ全員が受講している状態です」(同)

●低レベル授業を求められる大学教員の本音

 そうした状況のなかで、大学教員から「なぜ低レベルな授業のために自分が教壇に立たなければならないのか」という不満の声や嘆き節は聞かれないのだろうか。


「確かにリメディアル教育が始まったばかりの頃は、そういった声は多かったと思います。ただ、現在はそういった不満の声も一段落し、運命を受け入れているという印象です。生徒の授業料が自身の給料につながるわけですから、顧客対応をしているという認識なのではないでしょうか。もしそれが嫌ならば、教員本人が質の高い論文を一生懸命書き、グレードの高い大学に招いてもらえるようになればいいという話でもありますからね」(同)

 もっとも、大学がこのような低レベルな内容の教育を強いられる原因は、中学や高校にあるともいえる。

「中学も高校も、生徒が授業で教えた内容を身につけていないにもかかわらず進級させてしまうため、大学の教員からすれば『今まで何をやってきたのか』という話になります。けれど、そんなレベルの低い学生でも入学させないと大学が潰れてしまうので文句は言えません。
状況に適応しようと大学教員は必死なのです」(同)

 とはいえ、適応へ向けた彼らの努力は少しずつ実を結んでいるのだという。大学側は単なる責任転嫁に終始することも、状況を見過ごすこともなかったようだ。

「大学では“勉強をしない学生”を迎え入れるうえで、“アクティブ・ラーニング”という方法が有効であるという認識がこの4~5年で広がってきています。アクティブ・ラーニングとは、例えば英語ならただ教科書を読むだけではなく会話をしっかり練習する。また、教員ひとりの話を数十人の学生が聞くという形式ではなく、『みんなで商店街の活性化プロジェクトを考えて発表しよう』といった授業を実施するわけです。

 学生を座学から解放し、体験型の授業に参加させるという方法であり、座学しか経験してこなかった学生にとっては新鮮。
『大学に来たい』『授業を受けたい』といった気持ちにさせる工夫がなされているんです。

 リメディアル教育は、けっきょく学生を授業に出席させてテストを受けさせて、という座学なので、高校までと同じことを繰り返しているにすぎず、学力向上の効果は出にくい。それに気づいた大学が増えてきているのでしょう。そこで、リメディアル教育と並行してアクティブ・ラーニングを導入するという流れが大きくなっているのです」(同)

●体験型授業はFランク大学と親和性が高い?

 偏差値50を大幅に下回るようなランクでも学生の集まりがよい大学というのは、オープンキャンパスや説明会にてアクティブ・ラーニングを推しているという。では、これらの教育によって低学力な学生の将来に光明は見えているのか。

「文系の学生が就職で不利になるのは広く知られていることですが、いわゆるFランク大学の文系学生は特に深刻。
そして、仮にリメディアル教育で漢字の書き取りや100マス計算を学んだとしても、それが就職活動や就職後のスキルとして役立つかは正直疑問です。ですがアクティブ・ラーニングに取り組ませることで、Fランク大学の文系学生たちにも、能動的に新聞や本を読む習慣をつけさせるなど、就職に役立つスキルを身につけさせることもできるのです」(同)

 勉強に馴染みのないまま入学してしまった学生にとって、再スタートを切る一助になるのかもしれない。大学教育は年々、学生の目線で発展を模索しているようだ。
(文=森井隆二郎/A4studio)