昨年、発覚した電通の過労死事件につづき、今月11日、三菱電機の入社1年目の社員に違法な長時間労働が課せられていたとして、当時の上司が書類送検された。

こうした惨状が立て続けに明るみになったこと自体、多くの日本企業が積年の課題としてきた「長時間労働」問題の解決に向け、国が本気で動き始めた兆しと見ることもできる。

ただ一方で、「実際問題、仕事量を減らすわけにはいかないし、残業はなくならないのでは…」と、事態の改善に懐疑的な人も多いかもしれない。

■わずか4年で、月平均の残業時間を10時間も減少させた働き方改革

実はこの難問を解決した日本企業がある。1月12日に放送されたテレビ東京系列「カンブリア宮殿」でも取り上げられたITベンダー企業、SCSKだ。

2014年に出版された『当たり前の経営---常識を覆したSCSKのマネジメント』(ダイヤモンド社刊)の著者であり、組織論の専門家である野田稔さんによると、2009年、SCSKの前身会社・SCSの代表取締役会長兼CEOに就任した中井戸信英さんは、就任後すぐに働き方改革に着手したという。

ITベンダーは一般的に、徹夜や休日出勤が当たり前の世界といわれる。合併直後の2011年当時、SCSKの社員の平均残業時間は30時間ほどだった。

だが、「会社というものは、社員全員の健康を守るための環境づくりに腐心すべき」という理念のもと、中井戸さんは「1日の平均残業時間を1時間にすること」という目標を掲げ、業務の見直しや多忙な部署への人員補充、ノー残業デー、さらには後述する「1Best運動の展開」といった策を次々に講じる。

その結果、2011年度は27.8時間だった月平均残業時間を、2013年度は22時間にまで圧縮。さらに本書が出版された後の2015年度は18時間にまで縮まっている。

■物理的な職場環境の整備から始まった、働き方改革

中井戸さんは会長就任直後から、社員一人当たりの執務スペースを二倍にするためオフィスを移転したり、社内に食堂や診察室を作ったりと、社員が働きやすい環境を、一つひとつ整備していった。

また、CSK社との合併が決まったことも中井戸さんにとっては都合が良かった。社内を一気に変える絶好のタイミングだったからだ。

彼が講じた改革の一例が、先述した1Best運動である。これは、「電話1分以内、議事録1枚以内、会議1時間以内」を徹底するための取り組みだ。

また、残業削減のためのすぐれたアイディアを立案・実行した部署は表彰したり、2013年には、「前年度20%の残業削減と、有給休暇20日間の完全取得」を目指す「スマートワーク・チャレンジ20(以下、スマチャレ)」を始動。

極めつけとしては、「残業を減らした分だけ、残業代を出す」という策も講じた。これは、単に残業を減らすだけでは残業代の分だけ社員の年収が減ってしまうため、残業の削減目標を達成した部門ごとに、減らした分の残業代が還元されるという仕組みだ。

ただ、還元される額は「ひとり最大いくらまで」と決まっているため、極端に残業をしていた人にとっては、給与が目減りする感覚があり、この制度は改善の余地があると、著者の野田氏は指摘している。

こうした取り組みを通じて、社内に「早く帰る人、きちんと休む人がかっこいい」という文化を醸成し、社員が健康に働ける環境を整えていったのだ。

■「企業トップが手紙を書いて関係者の理解を得る」というアプローチ

しかし、こうした改革の裏には、中井戸さんの「根回し術」がある点も見逃せない。

同社は、有給休暇の完全取得に向けた取り組みとして、全社一斉有給休暇取得奨励日なる制度を設けた。

ところが、壁が生じる。

2014年の2月のこと。11日火曜日が祝日であったため、月曜日を奨励日とすれば4連休になる。

しかし、客先のシステムの運用・保守という業務がある以上、勝手に休むわけにはいかない。

そこで中井戸さんは取引先に「もしやり繰りがつくのであれば、御社の業務に携わっている私共の休みを取ることに関して、ご理解をいただけないでしょうか」と手紙を送ったのだ。

相手にしてみれば、会社のトップの名前で来た手紙をないがしろにするわけにはいかない。そして「社員の健康を守るため」という大義があるため、相手も怒るに怒れない。こうした取り組みを始める前は「取引を停止されるのでは」と危惧する声もあったが、結果的には杞憂に終わったという。

一見、解決困難に映る労働環境の改善も、実は経営者の肚くくり方次第で、いくらでも解決可能なのだと思えてくる。

今後、ひとつでも多くの日本企業がSCSKのあとに続くことを切に願う。
(新刊JP編集部)