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学力テストで高得点をとる子どもは「能力が高い」といえるのか

2017年10月19日 12時00分 (2017年11月2日 18時08分 更新)
2020年教育改革の目玉とされている「アクティブ・ラーニング」。従来の詰め込み式教育をやめて、生徒による主体的な学習へと転換させるものだが、はたして効果はあるのだろうか。2017年10月に『教育改革の9割は間違い』を上梓する諏訪哲二氏に聞いた。 

◆子どもの能力はテストで測れない

「行政のちから」は学校システムを管理しており、教育内容の決定(「指導要領」の策定)や教師の人事権を握っていることは確かである。

 だが、だからといって、決定的な力を持っているとはいえない。子どもと対面しているのは生身の教師だからである。この力は侮れない。

 子どもの本体はまことに捉えがたい。文書化できない捉えがたさがある。実践の世界はそういう捉えどころのない世界でもある。

 また、「行政のちから」は「教師のちから」に膨大な量の報告書や自己査定書や指導計画などを提出させているが、「教師のちから」の独自性や教育力はけっして書類に還元できない異質な世界を構成している。

 従って、「行政のちから」の効果は上がらない。「行政のちから」はけっして「教師のちから」を理解し、把握し、意図どおりに動かすことはできない。

 それは結局、人間が人間を相手にしている世界だからとしかいいようがない。人間というものは類としても個体としても依然として大きな謎なのである。

 教師も子どもも不確定、不安定である。「教師はこれこれである存在である」、「子どもはしかじかの存在である」というテーゼをいくら作ろうと現実とはけっして適合しない。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメント 7

  • このハゲ~ 通報

    記憶力・解読力・等はいいだろうが、人間力は=ではない。

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  • 匿名さん 通報

    じゃあ能力をどうやって測定するのか、その方法まで書いてよ。 読んで損した。

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  • 匿名 通報

    テストの点数をとる能力は高い、ということはわかる。それ以外はわからない。当たり前だろう。

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  • 匿名さん 通報

    「これからはデジタルデータで補いきれない独創性がより社会(世界)で必要とされてくるだろうと」と言いたいのなら、先ずそれを受け入れる社会(雇用)を作ったら?より自然と埋まっていくよ。

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  • 匿名さん 通報

    ん? 答えは「NO」

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