「『現代用語の基礎知識』選 2017ユーキャン新語・流行語大賞」は「忖度」と「インスタ映え」でしたが、産業界では組織ぐるみの不祥事が何十年も隠蔽されていたという事例が次々と明らかになりました。日産自動車、神戸製鋼所、SUBARU(スバル)など日本を代表する大企業での不正が発覚しました。

また年末には元横綱・日馬富士の暴行事件をめぐり、角界の閉鎖的な組織体質の問題がクローズアップされました。私には、これらの根底には日本社会が抱える共通の課題があるように感じました。

 大企業組織の隠蔽体質は今に始まったことではないですし、売上が伸びないなかで効率化やコスト削減を優先するマネジメントの問題も指摘されています。また、相撲協会の理事は力士出身者で占められているためにマネジメント能力が不足している、という指摘もされています。

 しかし、これほど一斉に明るみに出てくるようになったのは、近年ソーシャルメディアの普及により今まで表に出にくかった情報が個人から出て拡散されるようになったことや、社内のコンプライアンス強化によって通報制度が拡充してきたこともあるでしょう。いずれにせよ、現在公になっている不正は、まだ氷山の一角である可能性が高いでしょう。


 こうした日本企業の不正の共通要因としては、「常に周りの他人の反応を気にして行動する村社会」があるのではないかと私は考えます。忖度もインスタ映えも根は同じ意識だと考えられないでしょうか。

●「ウチ」と「ヨソ」

 私がそう考える根拠としては、2人の学者による理論があります。

 ひとつはシカゴ大学ビジネススクールのロナルド・S・バート教授が提示した「構造的空隙」という概念です。空隙(くうげき)とは穴という意味ですが、企業が競争優位を持つためには、構造的空隙が大切だと提唱しています。有益な情報を効率的に得るためには重複していないネットワークが重要だとして、ここでいうネットワークとは人と人のつながりを意味します。
たとえば、会社員であれば同じ組織の人だけと繋がるのではなく、他の部署や社外のさまざまな人とのつながり、すなわちネットワークを持つ人が大切だということです。そして、組織の人それぞれができる限り重ならないように分散させることで、組織として多くの外部情報を得られる。それにより、企業のイノベーションが生まれ、競争優位を持つといいます。

 もうひとつの理論は、女性初の東大教授になった社会人類学者、中根千枝教授の考察です。約50年間前に書かれた不朽のベストセラー『タテ社会の力学』『タテ社会の人間関係』において、日本人は「ウチ」と「ヨソ」を分ける文化を持っており、会社は終身雇用が基本で社員を「ウチ」として家族のように囲い込む一方で、自社の社員以外の人を「ヨソ」として排斥する傾向があると指摘しています。ネットワーク分析の理論では、人と人のつながりを紐帯(ちゅうたい)と呼びますが、「ウチ」のなかでは密度の濃い「強い紐帯」になっているといえるでしょう。


 さらに中根氏は、日本企業は5~7名の小集団がひとつの単位として活動しており、全体の命令や指令よりもむしろそうした小集団が、組織全体と同質ながら、既得権を持って個別の動きをする特徴があると指摘しています。例として石垣を挙げ、石垣の石はそれぞれ形が違うが同質の石であるのと似ているといい、日本の組織では大集団の長よりも小集団の長のほうが重要な存在だとしています。

 なぜならば、日本社会においては個人単位の集団参加は常に小集団に限定されており、たとえ組織的に大集団に属していても、それは小集団を通しての参加であり、行動的に個人参加というものではないからです。

●社長の命令を無視

 小集団は個人の社会化にとって、何よりも重要な場を提供し、個人の社会生活や人間関係のパターンは小集団で育まれることになるため、その構成員である個人は全人格的ともいえるほどの集団参加が要求されることになります。つまり非常に「強い紐帯」の組織になります。必然的に個人を中心とした外部との自由なネットワークはあまり形成されません。
また、内部で異論をいうことはできなくなります。文字通り「村八分」になるからです。

 たとえば日本企業は独身寮や社宅を用意し、運動会などのイベントや福利厚生、社員旅行などのまさに24時間家族のような付き合い方を要請します。プライベートでも部長の奥様の会などというものが存在し、新米の奥様はたとえ年上でも部長の奥様に従属しなければならないといいます。そして昼は社員食堂でみんなで同じ食事をとり、夜は夜でまた同じメンバーでいつもの店に飲みにいくという社会です。これは「村社会」といえます。


 このため社長の命令に対して、部長クラスは社長命令に従うものの、課長クラスでは別の動きをすることもある。つまり自分の直接の長(小集団の長)よりも組織の中では上位にある人の命令では動かないこともしばしばあるのです。結果として、長年にわたり多くの部署で不正が放置される事態が起きる可能性があります。

 経営戦略論では、創発的な組織として現場が強いことは日本企業の強さの秘訣ともいわれましたが、それは現場の判断を経営トップにフィードバックして全社の経営戦略として実施するプロセスがあることが前提です。

 激動する企業環境下において、そうしたプロセスがないまま現場が勝手に動きだすと方向性がバラバラになる危険性もはらんでいます。

●不祥事や隠蔽の原因

 近年日本でも終身雇用がほぼ崩れつつあり、非正規雇用が4割にも達するようになってきたため、同じ会社内でも正社員はウチ、非正規雇用はヨソというあらたな境界線ができているのではないかと私は危惧しています。


 日本企業に転職をした方が痛烈に疎外感を感じることは多いです。日本企業ではまだまだ転職者のほうが少ないので、もともといた社員はウチ、転職してきた者はソトという構図は少なからずあると思います。米系の外資系企業の友人に聞くと、ほとんど全員が転職組なのでまったくそういう疎外感はないと話していました。

 さらに中根氏は、日本の組織はタテの構造であり、他の組織とのヨコの交流はほとんどせず、「日本人はみな平等」だという価値観が根底にあるため長く組織にいる年上が評価される。そのことが年功序列制度が長年続いてきた背景だと指摘しています。

 このような理論に基づいて現状の日本を考察してみると、日本の企業組織も徐々に変わりつつあるが、依然として「常に自分の周りの他人の反応を気にして行動する村社会」のままでいることが、不祥事や隠蔽の原因になっているのではないかと思います。

●企業風土の変革

 では今後、日本企業はどのように変わればよいのでしょうか。ひとつは経営陣の総辞職、もうひとつは企業風土の変革だと思います。

 企業風土は長年にわたって培われてきたもので、経営陣の一掃など相当にドラスティックな変革をしない限り変わることはできません。記憶に新しいところでは、13年に女子柔道の国際試合強化選手への指導陣による慢性的な暴力行為やパワーハラスメントの問題が起きましたが、全日本柔道連盟(全柔連)の理事は総辞職しました。その後の柔道界の復活は誰もが認めるところでしょう。

 もうひとつは、今の10~20代は幼い頃からすでに携帯電話に慣れ親しみ、LINEやInstagram、Facebookなどのソーシャルメディアを使いこなしており、会社に入る前にすでにヨコのネットワークを構築することに長けています。

 企業はこうした世代が入社後も外部の人間とのネットワークを自由に構築できる自由さと、社内では多様な価値観を持った人々がお互いの意見を言える企業風土につくり変えることが重要ではないかと思います。18年は再び日本企業がイノべーションの生まれる競争優位性を持つ組織に飛翔する変革の年になることを期待しています。
(文=平野敦士カール/株式会社ネットストラテジー代表取締役社長)