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暴言をやめない麻生太郎氏、他人への想像力が欠如している可能性…強い特権意識も影響か

2018年5月16日 19時45分

 麻生太郎財務相は、財務省の福田淳一前事務次官のセクハラ問題で「セクハラ罪はない」と発言して批判を受けたが、5月8日の記者会見で「セクハラ罪って罪はないと思う」と改めて主張し、「事実を申し上げているだけだ」と述べた。麻生氏は、福田氏の辞任承認を公表した際も、セクハラ疑惑について「はめられて訴えられているんじゃないかとか、世の中にご意見ある」と語って、野党から批判の声が上がったが、まったく懲りていないようだ。

 また、森友学園の公文書改ざん問題についても「どの組織だってありうる。個人の問題だ」などと発言し、物議を醸している。なぜ麻生氏はわざわざ問題となるような発言をするのか? しかも、批判を受けても一向に意に介さず、問題発言を繰り返すのはなぜなのか?

 麻生氏の言動を分析すると、次の3つの特徴に気づく。

(1)強い特権意識
(2)想像力の欠如
(3)自覚の欠如

 いくら批判を浴びても懲りずに麻生氏が問題発言を繰り返すのは、「自分は特別な人間だから、少々のことは許される」という特権意識を抱いているせいのように見える。もっとも、(1)強い特権意識を抱いても当然と思えるほどの名門一族の生まれである。

 まず、明治の元勲、大久保利通NHKの大河ドラマ『西郷どん』で瑛太さんが演じている人物)を高祖父に持つ。また、1951年に首相としてサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約を締結した吉田茂は、母方の祖父である。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

「暴言をやめない麻生太郎氏、他人への想像力が欠如している可能性…強い特権意識も影響か」のコメント一覧 2

  • 匿名さん 通報

    ジャーナリズムとは相手が資産家であっても対等に意見を汲み上げる義務があると思う。「金は力」と言っていた昭和の頃ジャーナリズムには反骨精神があったと思うが、それは「金は悪」という意味ではないと思う。

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  • 匿名さん 通報

    派閥/豪族の長を据え置かないと長期政権が成立しない自民党の不甲斐なさ。 威張っていないと中韓に政治主導権を持ってかれると怯える国民意識の小ささ。

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