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織田信長は本当に短気で冷徹だったのか?

2018年9月14日 19時00分

一人の人間について調べるときには、一つの視点で捉えるのではなく複数の視点で捉えることが重要だ。例えば、家族から見たその人、友人から見たその人、仕事の関係者から見たその人の像がまるで違うときがある。
その人を憎んでいる人は「悪いやつ」と批判するかもしれないし、お世話になった人からは「良い人」という証言が寄せられるかもしれない。つまり、一つの視点を鵜呑みにして分かった気になるのは危険だということだ。

歴史上の人物であってもそれは同じだろう。
日本史の中で最も有名な偉人の一人である織田信長は、とても短気で残虐性が強い性格であり、合理的で天才であるというイメージが浮かぶ。だが、実際はどうだったのだろうか。

実は、織田信長について書かれた信頼性の高い史料は少ない。その中でも、もっとも有名な史料の一つが、信長に仕えていた太田牛一が書いたといわれる『信長公記』だ。ほかには本人が書いた手紙も残されているが、もう一つの重要な史料をのぞいてはなかなか見当たらない。

その「もう一つの重要な史料」というのが、ポルトガル人宣教師のルイス・フロイスが書いた『日本史』である。

■『日本史』が書かれた目的はキリスト教のため?

『ルイス・フロイスが見た 異聞・織田信長』(時空旅人編集部編、三栄書房刊)は、この『日本史』を通して信長の偉業や人物像をあぶり出す一冊だ。
フロイスが『日本史』を書き始めたのは天正11年(1583年)のこと。日本におけるキリスト教の布教史を書かせるよう、ポルトガル国王から命令を受けたイエズス会が依頼してきたのだ。

「織田信長は本当に短気で冷徹だったのか?」のコメント一覧 1

  • 匿名さん 通報

    「常に怒っている」というイメージ」何だそれは。そんな人間はいない。連続殺人鬼だってニコニコ笑うときはある。新刊JP大丈夫か?

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