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『新潮45』廃刊の真相と小川榮太郎氏の正体とは(前編)

2018年10月3日 12時00分
「公道にクソを垂れ流す自由」なんてないんだよ。クソ野郎が。。》とツイートしておいた。

 繰り返すが、どのような立場からの発言にせよ、言論の自由は守られるべきである。気に入らない原稿が掲載されたからといって、出版社を批判するのも的外れだ。言論には言論で対峙しなければならない。

 しかし、公衆便所の壁に「おまん◎してえ」とか「チ◎◎舐めろ」と落書きがしてあったら、掃除係の人が拭いて消す。「おまん◎してえ」「チ◎◎舐めろ」というのは言論ではない。落書きは、反論するものではなく、消すものである。

 小川は「私の一文は便所の落書きではありません。一字一句考えぬかれたものです」と反論していたが、一字一句考えぬいて落書きしたらしい。
「窓割れ理論」をご存じだろうか。軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるとする環境犯罪学上の理論である。アメリカの犯罪学者ジョージ・ケリングが考案した。

 ニューヨークでは、この理論に基づき、徹底的に地下鉄の落書きを消した結果、凶悪犯罪が激減した。

 落書きを放置しておくと、社会はどんどん荒んでいくのである。

■旧仮名バカ

 小川榮太郎という名前を初めて聞いたのは5年くらい前のことだ。当時私は産経新聞に連載を持っていたので、『正論』や『WiLL』といった雑誌の人たちとのおつきあいもあった。 こうした界隈の連中からさえ、自己評価が異常に高い変な男ががいるという話が伝わってきた。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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