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“せともの”のルーツ瀬戸市。1000年生産を続けるやきもの産地が「まちのブランド化」へ動き出す!

2017年4月18日 11時07分 (2017年4月26日 10時54分 更新)

始まりは平安時代。良質な粘土のおかげで、時代に応じたやきものを生産


お皿や茶碗などを総称する「せともの」の語源は、日本六古窯のひとつ、愛知県瀬戸市に由来していることをご存じだろうか。

なぜやきもの全般が「せともの」と呼ばれているのか、それは1000年もの間、常にやきものをリードしてきた長い歴史にある。瀬戸市での陶器生産の始まりは何と平安時代にさかのぼる。九州・有田焼の起源は約400年前、ドイツ・マイセンは約300年前といった名産地と比較しても歴史は古く、さらに1000年間、途切れることなく生産を続けてきた産地は世界でも珍しいのだとか。

「発展できた理由は、市内で良質な粘土が採れたことにあります。強い耐久性、適度な粘り気、そして一番の特長は『白さ』です。鉄分をほとんど含まないため、色とりどりの釉薬や絵付けが映えて、さまざまな種類のやきものをつくり出すことができました」(瀬戸市文化課、瀬戸市美術館館長 服部文孝さん)

平安時代の茶碗や皿づくりから始まり、鎌倉時代は祭事や武家のための器、江戸時代は庶民の日用品、明治は輸出用磁器、それ以降になると便器やガイシなどの工業製品にも発展。
「陶器と磁器を両方手掛ける産地は日本でも希少であり、高い技術力によって時代の要請に合わせた製品をつくり続けてきました。一方で、何でもできてしまうからこそ、これぞ『せともの』といった特色が出にくいのが今のジレンマともいえますね」

1000年間、脈々と続くやきもの文化は、瀬戸市のほかにはない価値のひとつ。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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