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JASとはなんだったのか 国内航空会社の歴史から振り返るその成立と消滅

2017年10月24日 06時20分 (2017年10月27日 06時57分 更新)

かつて日本には「三大航空会社体制」と呼ばれる時代がありました。「45/47体制」とも呼ばれたその時代、3社の一角を担っていたのがJASです。JASはいかに成立し、そして消えていったのでしょうか。

日本のローカル線を支えた日本エアシステム

 2017年現在、日本の航空会社は海外資本のLCCなども含めて増え続けていますが、かつて日本の航空路線は、JAL(日本航空)とANA(全日空)、そしてJAS(日本エアシステム)の三大航空会社で占められていた時代がありました。


国内の幹線で活躍したJASのエアバスA300(画像:JAL)。

 JASは日本のローカル路線を中心に、中国や韓国へ国際線も運航していましたが、JALとの経営統合で2004(平成16)年に消滅します。

 そもそもJASはどのように誕生し、そしてなぜ消滅したのでしょうか。

日本の民間定期航空路線、始まりは大正時代

 JASの誕生背景には、もちろん、そこに至る日本の民間航空事情があります。

 日本の民間定期航空路線は1922(大正11)年、日本航空輸送研究所によって大阪~徳島と大阪~高松間で定期航空便が開設されたことからスタートしました。その後、1939(昭和14)年に戦時下の国策会社として大日本航空が設立され、ほかの民間航空会社は業務を停止します。

 太平洋戦争後、日本はGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)により全ての日本国籍の航空機の運航が停止され、これは1950(昭和25)年6月まで続きます。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメント 3

  • 匿名さん 通報

    GHQの名前を出すのならば航空管制権利下で起きたもくせい号事件にも触れておけや

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  • 匿名さん 通報

    そりゃ運輸省・国土交通省の間抜けな役人が天下ってくりゃあ倒れるわ。JALもそうだったしなw。

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  • 匿名さん 通報

    TDAからJASに改名して以後は運勢下がりっぱなしだった印象

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