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大阪・箕面の桜ヶ丘住宅地に6戸残る、大正11年の住宅改造博覧会作品

2017年11月7日 11時04分 (2017年11月14日 10時55分 更新)

理想的なまちづくりと洋風の住まいと暮らしを目指して開催された「桜ヶ丘住宅改造博覧会」


阪急電鉄・箕面線「桜井」駅から田村橋通りを10分ほど北に向かい、坂を登りきった丘の上に、閑静な桜ヶ丘住宅地(大阪府箕面市)が広がる。ところどころにレトロでモダンなデザインの住宅が見られ、緑豊かな生垣や弧を描く街路が印象的だ。
この一角は、1922(大正11)年9月21日から11月26日に日本建築協会(*)が開催した「桜ヶ丘住宅改造博覧会」(旧・豊能郡箕面村)の跡地だ。展示会場そのものを住宅地として整備し、理想的なまちと洋風住宅のモデルをつくって展覧し、博覧会終了後に、家具付きの展示住宅を土地とともに販売する斬新なビジネスモデルが試みられた。

当時、この地の開発者である田村地所部(香料メーカーの宅地開発部門)は、造成を急ごうとして博覧会を誘致したといわれている。この時代、大阪をはじめ急速に工業化が進んだ都市部では、公害や衛生の点から住環境が悪化していた。関西では阪神電鉄や箕面有馬電気軌道(現・阪急電鉄)の沿線の郊外で、住宅開発が進みつつあった。
日本建築協会(以下、協会)は、生活の洋式化を推進するため、実践的な住宅の改善運動のリーダーシップをとっていた。住宅の改善には住環境の整備が必要と考え、交通の利便性や道路の整備、上下水道の完備、ガス・電気・電話などの供給をも不可欠だとした視点が、当時としては画期的だった。

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