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【船橋】戦前の高級住宅地と娯楽の殿堂〜海神、花輪台、三田浜楽園

2017年11月10日 11時04分 (2017年11月18日 10時55分 更新)

船橋からひと駅先に昭和初期の別荘地があった


船橋から連想するものというと、地方出身の私には、巨大娯楽施設ヘルスセンターとストリップ劇場である。ヘルスセンターは地方でも広告を打っていたし、ストリップ劇場については、深夜テレビ番組の11PMで見たからだ。
東京で就職した頃はららぽーと(ヘルスセンターの跡地にできた)、その後、人工スキー場ザウス、今はイケアと、いずれにしても海側の大規模商業娯楽施設が思い浮かぶ。だから、住宅地といわれても、戦後の住宅公団や民間による巨大団地やニュータウンのイメージが強い。

ところがだ。あったんですねえ、船橋にも、高級住宅地が。
昭和8年(1933)に京成電鉄が開発した海神台分譲地が海浜別荘住宅地として売り出されたのがそれだ。京成線で船橋の一つ東京寄りの海神駅が最寄り。駅の北側の海神台、あるいは海神山といわれる丘陵地に、それはできた。京成電鉄最初の不動産開発事業で、総面積は1万8400坪、分譲戸数は86だった。ということは1戸平均214坪、約700m2である。今から見るとだいぶ広い。中には1000坪を超えるものもあったようだ。



海神、稲毛、千住緑町という沿線開発


海神台分譲地は即座に完売し、京成電鉄は市川、稲毛、千葉海岸、小岩などに散在する社有地を整理・販売し、いずれも即売したという。
昭和9年(1934)には現在の足立区千住緑町に所有していた土地の一部を分譲し、翌年残りの土地を財団法人同潤会に売却した。

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