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大阪和泉市 日本唯一の弥生文化博物館で日本ムラ社会の発展を知る

2017年12月3日 11時00分 (2017年12月10日 10時55分 更新)

日本唯一の弥生時代専門館「弥生文化博物館」


日本で発掘される石器のうち、最古の確実な例は約38000年前のものだから、少なくとも、そのころには日本列島に人が住んでいたことになる。その後15000年前ごろには縄文時代が始まり、弥生時代へと続く。

大阪府和泉市には、日本唯一の弥生時代専門館である弥生文化博物館がある。弥生時代のムラ社会がどのようなものだったのか……弥生文化博物館取材に対応してくださったのは、総括学芸員の中尾智行氏だ。

弥生時代は「稲作が始まった時代」とするのが一般的な定義。炭素年代測定法で調査したところ、今から約2900年前から始まったとされる。稲作文化が始まったのは北部九州であること、朝鮮半島を通って渡来したことは、ほぼ確実らしい。

「日本で稲作が始まったころの遺物は、朝鮮半島から出土する同時期の遺物とそっくりなんです」と、中尾氏はその根拠を説明する。



農耕集落が生まれ、ムラ社会が始まった


水田稲作が始まると農耕集落が生まれ、ムラ社会が始まったと言われている。
縄文時代にもムラはあったが、弥生時代との大きな違いは生業。縄文時代の生業であった狩りや漁、森での採集活動は少人数でもできるが、稲作は全体での作業が求められるため、強い統率力や指導力、決断力をもったリーダーが必要なのだ。手塩にかけた耕作地を自分たちのものとして守らねばならないし、水利を奪い合うなど集団間の争いも生まれただろう。

しかし当時のムラは小規模なものが多く、数棟程度の住居が基本的な単位となっていたようだ。

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