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ミサワホーム社長が受け継ぐ、先人たちの「創意工夫への知恵」

2017年12月12日 12時30分 (2017年12月14日 08時46分 更新)
「我々は、”プレモスの子孫”なんです」

磯貝匡志が戦後の「日本の家」について話をしているとき、彼の口から出た一言──プレモスの子孫。この言葉が意味するものを繙いていくと、ミサワホームの住まいづくりに受け継がれてきた思想が見えてくる。

話は終戦翌年にさかのぼる。建築家ル・コルビュジエの愛弟子だった前川國男が、当時の「420万戸不足」という極度の住宅難を解決すべく、プレハブ住宅を設計した。後年、東京都美術館や国立国会図書館新館などを手がける名建築家である。プレハブとは「Prefabrication(あらかじめ製作する)」の略で、前川が1000棟建てたそのプレハブ住宅の名が「プレモス」だった。

磯貝が共鳴するように説明する。

「前川さんは『家を焼け出された人、大陸から引き揚げてきた人に住宅を供給しなければいけない。それこそが日本の建築家の使命である』という強い思いを持っていたんです」

事実、前川は当時こんな言葉を残している。「敗戦の日本には資材も金も足りないことはわかりきっている。それだからといって壕舎生活や同居生活や身動きならぬ6坪住宅でどうして我々は一人前の生産ができようか? どうして日本の再建ができようか? 普通の住宅6坪を建てる資材で10坪建てる方法はないか?」

これがプレハブ技術に発展していくのだが、課題を解決するキーワードとして磯貝が挙げるのが、「創意工夫への知恵」だ。

「戦後の焼け野原に残っていたのは、木工機械と木材、それに人でした。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメント 2

  • 匿名さん 通報

    日本の住宅メーカーの閉鎖的ビジネスは途上国的。異常に価格が国際相場より高く、メンテも囲い込みで消費者に不当な価格を押し付けている。早く市場を外資に開放してもっと消費者に恩恵のある市場にして頂きたい。

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  • 匿名さん 通報

    三沢さんを追い出したミサワホームの前社長は今度はトヨタ自動車に追い出された。プレハブメーカーたちは安い住宅供給と言う使命を忘れて、値段の高い住宅を売っている。

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