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大和郡山の登録有形文化財 ・旧川本邸。貴重な遊郭建築を当時の面影に改修した「町屋物語館」を訪ねた

2018年3月9日 11時05分 (2018年3月15日 10時55分 更新)

城下町として栄えた大和郡山


筒井順慶が築城した後、豊臣秀長が立派な城下町を整備した郡山城。
魚町、塩町、紺屋町などの町名が現代にも残る城下町、箱本(はこもと)十三町では、火の見櫓からの見張りといった防火や治安、伝馬の世話を当番制で運営していた。当番が持ち回った「御朱印箱」は、秀長からの特許状が収められたもので、「箱本」と染め抜いた小旗を立て、目印とした。

整備された城下町の風情は現代も残り、紺屋が染物を洗った水路は今も残っている。古い屋敷も散見され、たとえば創業400年の和菓子屋「菊屋」は大正時代の建物を残しており、豊臣秀長が秀吉に献上したと言われる「御城之口餅」が名物。奈良街道が通るなど古くから交通の要衝で、大正13年には近鉄の駅ができた。

繁栄する町には、自然と花街ができる。奈良県内には4カ所の遊郭があり、そのうち2カ所が大和郡山にあった。一つが東岡町に、もう一つは洞泉寺町にあり、幕末には特に賑わったという。

洞泉寺町にあった遊郭は6軒で、建物が現存するものが4軒ある。そのうち「旧川本邸」が耐震改修を終え、この春「町屋物語館」として公開されたので、大和郡山市役所地域振興課の植田早祐美さんと町屋物語館ガイドの佐藤良士さんにお話を聞いてきた。



旧遊郭ならではの間取りや建築


「町屋物語館」のネーミングは市長によるアイディアだという。「大和郡山市は、遡れば古事記を暗誦した稗田阿礼(ひえだのあれ)の出身地でもあるので、『物語』にフィーチャーしています。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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