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宮崎日南、重伝建地区・飫肥(おび)の戦略的まちづくり。官民連携のダイナミックな地域再生とは

2018年3月13日 11時07分 (2018年3月20日 10時55分 更新)

今も昔の町並みを色濃く残す、九州で最初の重伝建地区「飫肥(おび)」


宮崎県南部日南市飫肥(おび)地区は、かつての伊東氏飫肥藩5万7000石の飫肥城を中心とした旧城下町である。

現在でも飫肥城を中心として、武家屋敷、寺町、商人町などまち並みが広く残されており、その景観は「九州の小京都」とも言われている。飫肥地区は、1977年には九州・沖縄地方で初の重要伝統的建造物群保存地区として選定された。
通りを歩くとこのまちが景観を大切にしていることがよくわかる。伝建地区の電線は地中に埋める工事が徐々に進んでおり、まちの水路には澄んだ水が流れ、たくさんのりっぱな鯉が放たれて泳いでいる。
この風景が美しいと、外国人の観光客も多くなってきたようだ。

しかし、古いまち並みが残っている一方で、少子高齢化も拍車をかけ、特に空き家の問題は深刻だ。日南市による人口の将来展望は、現状のままであればもちろん減少の一途、生産年齢人口も減り、今後は税収も減ることは目に見えている。かつての栄華を誇る木造の立派な建物は、建物も土地も広く、人が住まなくなれば修繕費や維持管理費がかさむばかりとなる。



建物保存と空き家活用の課題を象徴する「旧飯田医院」


そんなまちに象徴的な物件保存の課題が浮かび上がったという。

1922年(大正11年)に建築されたひときわ目立つ洋館と和館がつながる空き家「旧飯田医院」の保存問題である。市では、地元の方々の意見も聞き、保存を決めたがなかなか実用的な活用のアイディアは出ない。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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