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ベイスターズを黒字化した社長が語る「大切にしたのは“デザイン”と“センス”」

2017年5月20日 11時00分 (2017年5月21日 10時18分 更新)

※史上最年少社長が明かす「常識の超え方」1より続く



 史上最年少の35歳で横浜DeNAベイスターズの球団社長に就任し、5年間で赤字24億円から5億円超の黒字化に成功した池田純さんが『スポーツビジネスの教科書 常識の超え方 35歳球団社長の経営メソッド』を上梓した。


 52億円の売上に対して24億円の赤字――。経営者からすると“倒産状態”の組織を託されたということになる。再生に至る奇跡の道のりはどのようなものだったのか。インタビュー前半では、池田さんが社長を引き受けた当時の心情と、改革に据えた戦略「順次戦略」「散弾銃戦略」について語ってもらった。


◆◆◆



――池田さんの頭の中では“意思決定権者”として、大きな構想があり未来のビジョンが見えている。ただ、それを組織全体に浸透させて、人を動かすのは決して簡単なことではないような気もしますが。



池田 意思決定権者だったら、ほとんどのことはクリアできますよ。ゴールがあって、クリアしなければならない障壁やしがらみを取り除いていけばいいだけじゃないですか。ただ、とにかくパワーは要ります。みんなに嫌われても、失敗すると言われても、やり切るしかない。ひとつひとつ結果を出して納得してもらうしかないんです。特に3年目まではほとんどの人がやろうとしていることをおぼろげにしかわかっていなかったと思うんです。


 でも、経営者の自分としては、しっかり3年間積み上げてきて4年目、5年目のビジョンが見えていました。だからいくら批判を受けようが、ブレずに戦い続けることが必要です。どんなに大きな構想や理想を掲げても、経営者がブレたら組織は強くなりません。


――これをやれば道が開けるというポイントは何だったのでしょうか。


池田 面白いことをやる、ということに尽きます。野球以外にも面白いものを作り出して、スタジアムにいる時間を楽しくする。野球は9イニングの間に計16回の“合間”がありますし、実際にボールが動いている時間は平均5分強しかありません。いかに野球そのもの以外の部分でエンタテインしてもらうかが重要です。


 だからこそ、イニング間にはトイレに行く時間すら悩ませるような楽しいイベントを次々に開催し、飲食でも球場メシの常識を覆すようなちょっと高くても“旨楽しい”スタジアムメシを追求しました。グッズについても、“本物”の商品をつくるためにデザインに徹底的にこだわりました。


■センスやデザイン性を切り捨てるな

――売上を伸ばしながら、コストカットする一方で、投資という部分では、思い切って時間とお金をつぎ込んでいるという印象もあります。


池田 例えば、球団のオリジナルビールの開発には2年間費やしました。絶対においしいと感じてもらえる“本物”のビールをつくるために、クラフトビールの本場であるアメリカのポートランドやドイツに飛んで、ビールの製法や味はもちろん、ラベルやボトルのデザインまで研究し尽くしました。ただ、周囲からすれば社長は何で海外でビールを飲んでいるんだろうと思っていたかもしれません。しかし、結果が出ればみんなが納得して、次のステップに進めるわけです。



――著書の中でも「デザイン」「センス」といった言葉が頻繁に出てきます。赤字を抱え、数字を追求する経営者の口からはあまり出てこないキーワードというか……。


池田 一番変えるのが難しい部分だからです。会社の売上を上げるという目的のもとに売上を伸ばしたとして、その後に格好いい物をつくろう、面白いことをやろうと言われても無理なんです。センスやデザインなど、数字を追求する上では一見“無駄”だとされがちなものを許容していかないと、後からは絶対につけられません。勉強しなさいと言われ続けた人間が、いきなり遊べと言われても遊び方がわからないのと同じです。


――5年間のベイスターズでの経営をあらためて振り返ると、何を感じますか?


池田 最近になってベイスターズで自分が行なってきたことは“常識を超えていたんだな”と実感します。周囲からも、思いつきもしないようなことを、よく次々にやったよねと言われることが多いのですが、当時の私からすれば、経営者として当たり前のことをやっているという感覚でした。それに、私が5年間で積み上げてきた経営メソッドは、再現性があると感じます。


“素人”として球界に足を踏み入れ、失敗を重ね、そのたびに学びを得て、改善と挑戦を繰り返す中で確立してきたビジネスモデルは、球界を超えたスポーツビジネス、あるいは一般企業の経営にも生かせると思います。


池田 純(いけだ じゅん)
1976年1月23日、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学卒業後、住友商事、博報堂を経て、2007年にDeNAに入社。執行役員マーケティングコミュニケーション室長を務める。2010年にNTTドコモとDeNAのジョイントベンチャー、エブリスタの初代社長として事業を立ち上げ、初年度から黒字化。2011年に横浜DeNAベイスターズの社長に史上最年少の35歳で就任。5年間で数々の改革を行ない、売上は倍増、観客動員数は球団史上最多、24億円の赤字から5億円超の黒字化に成功。2016年10月16日、契約満了に伴い、横浜DeNAベイスターズ社長を退任。現在はJリーグ特任理事、日本ラグビーフットボール協会特任理事、明治大学学長特任補佐、複数の企業の社外取締役やアドバイザーを務める一方、Number Sports Business College(NSBC)を開講するなど、いくつもの肩書を持つ実業家として活躍している。


(「文春オンライン」編集部)


注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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