0

AIで「未来の年表」はこう変わる――#2 河合雅司×井上智洋

2017年11月27日 11時00分 (2017年11月28日 10時41分 更新)

AIで「未来の年表」はこう変わる #1  から続く)


出典:『文藝春秋』2017年11月号


■2042年、日本最大の危機

河合 一方、少子高齢問題における「日本最大のピンチ」は、2042年だと考えています。団塊ジュニア世代がついに高齢者となり、高齢者が約4000万人とピークを迎えるからです。2016年に比べ500万人も多くなります。


 この時代の社会の支え手となるのは、今の中高生です。この世代はそもそもの母数が少ないですし、井上さんがご指摘されているようにAIが職を奪うような社会になっているなら、彼らも自分の生活を守るだけで精一杯になってしまう。


 さらに、団塊ジュニア以降の世代は、バブル経済崩壊の不況期に新卒者だった「就職氷河期世代」でもあり、昭和的な成功モデルに乗っているグループと、一流大学を出たにもかかわらず非正規雇用を余儀なくされたグループに分かれています。


 後者に関しては、いまのところ親の収入、貯蓄、年金を頼りにしているけれども、彼ら自身は無年金、低年金なので、親が亡くなった途端に苦しい状況になります。彼らの老後の生活費をすべて生活保護でまかなうとしたら、国家財政は破綻の危機を迎えることでしょう。


井上 同時期のAIの世界では、2045年に、「シンギュラリティ」が到来すると予想されています。


 シンギュラリティ(技術的特異点)とは色々な意味がありますが、一般にはコンピューターが全人類の知性を超える時点のことです。そうなると人間には予想ができないことが起こることになります。シンギュラリティについては、たとえば理論物理学者のスティーブン・ホーキング氏などは「人類の終わりをもたらす可能性がある」と危惧しています。



河合 実際にそのようなことが起きるのでしょうか。


井上 学者によってシンギュラリティに対する見方は様々です。私自身は「AIが人間の知性を超える」という点については懐疑的です。


 知識量、計算速度などでは人間は全く及ばなくなるでしょうが、それらが知性の全てではありません。重要な点について人類が負けなければ、機械は利便性を改善するための装置であるという、両者の基本的な関係は変わることはないでしょう。


 ただ、AIの発達により経済や社会のあり方が抜本的に変革されることは2045年以前にも以降にも起きる可能性はあると考えています。


河合 どのようなことを想定されていますか。


井上 総務省統計局労働力調査の「職業、産業別就業者数」によれば、2015年のクリエイティブ系、マネジメント系、ホスピタリティ系と位置づけることができる「専門的・技術的職業」(研究者や教育者、医者など)、「管理的職業」、「サービス職業」(介護、調理、接客・給仕など)の従事者は、合計2000万人ほどです。


 先ほどこの3つの分野でも、AI・ロボットが進出していき、人間の労働を代替すると申し上げました。レストランを例に取ると、「無人に近い格安レストラン」と「人間が応対する高級レストラン」に二極化され、必要とされる人間も半分程度になることが予想されます。


 そうすると、内実のある仕事をして、それで食べていけるだけの収入を得られる人は1000万人程度になる可能性があるのです。これはだいたい人口の1割に相当します。つまり、極端に言えば、残りの9割は仕事がないわけです。もっとも、今でも子供やご老人がいますので、人口の半分しか働いていませんが。


河合 そうした状況で社会がうまくまわるとは思えません。


井上 だから私は、AIの進化とともに、収入の水準に拠らずに全ての個人に無条件に最低限の生活費を保証する「ベーシックインカム」のような政策を施行する必要があると考えています。


河合 井上さんと意見を異にしますが、私はベーシックインカムには懐疑的です。AIで仕事が奪われる人が増えればますます税収は落ち込みますし、膨大な財源をどう確保するのか。一方、AIは子供を産むわけでなく、人々が年をとることも止められません。すなわち、AIは少子高齢化を止めるものではありません。そうした汎用AIが、人口減少の課題について、適切な解を導き出せるとお考えですか。


井上 AIが人口減少を解決することはできないでしょう。人間にとって何が問題かというのは、究極的にはやはり人間にしかわからない。AIは「問題発見」が基本的には出来ないと私は考えています。人間にとっての問題が何なのかが分からないということです。


 その理由はさきほどもお話ししたように人間の持つ感性や感覚などの全てをAI・ロボットが持っているわけではないからです。例えばロボットには人間のような皮膚感覚がないので、そよ風が吹いたら心地いい、強風だったら不快だということがわかりません。人間に教われば、人間がそういう感覚を持っているということを判断できるようになりますが、自分でそれを見出すことはできないのです。つまり、問題発見、問題解決のうち、特に発見の部分は人間にしかできない。また、解決の部分も何をもって解決かというのは人間が自分たちの感覚によって最終的に判断するしかない。そのためたとえば「労働力不足」という問題を人間が見つけて、汎用AIを利用してそれを解決することはできても、高齢化社会にともなう多様な問題のひとつひとつをAIが自ら見つけて、解決することは難しいでしょう。



■「戦略的に縮小する」

河合 そうなんですね。私はAIの普及に大きな期待を持つ一方で、予想されている通りのスピードで開発が進まなかったときのことも考えておかなければならないと思っております。そこで、AIが普及するか、しないかは別にして、われわれが進めておかなければならない「解決策」を申し上げたいと思います。


 今後日本は、「20世紀型成功体験」と訣別し、「戦略的に縮小」しながら、コンパクトな社会を作り直していく必要があると考えます。


 1つの例として、居住エリアを決めて人々が市街地区域に集まって住むという案が挙げられます。そのエリアでは社会インフラが整備され、住民が不自由なく暮らせるだけの行政サービスや民間サービスが提供されるというものです。


 現在、先祖代々の土地を守るために山間部などに住む高齢者も少なくありません。医師が往診に行こうにも、1日数軒しか回れないというケースが往々にしてあります。医療にかかるコストが非常に高い。しかし、居住エリアを決めてみんなで集まって住めば、そうした高コストも医療難民もなくなる。ヒト・モノ・カネが集約すれば、ビジネス面でも情報や技術の共有、波及が起こりやすくなるメリットもあります。


井上 賛成です。私は、そうした考え方を「多極集中」と言っています。各都道府県の県庁所在地なり大都市に集まって住むと、結局インフラのコストも安く済みます。


 AI関連で言うと、最近は「スマートシティ」に注目が集まっています。街全体をAIでコントロールして、高齢者をはじめ人々が暮らしやすい街を目指すという構想です。


■人口減少とAIの結合点

河合 他に「便利すぎる社会」からの脱却も考えられるでしょう。


 日本の「便利さ」は先進国の中でも突出しています。24時間365日、コンビニエンスストアやファーストフード店が開いている。


 しかし、労働力が減り、働き手も高年齢化していく以上、いつまでもこうしたビジネススタイルを続けるわけにはいきません。まずは「24時間社会」の発想を止めるべきです。まさにコンビニなんかは、機械化してしまえばいいと思います。


井上 セルフレジ化ですね。


河合 そうですね。他にも、在宅医療で考えると、高齢者が住む家そのものを病院のベッドのようにしてしまうという発想があります。家にもナースコールがつながっていて、監視というわけではないですが、プライバシーと引き換えに、AIによってモニタリングされている状況にするということも考えられます。


井上 「スマートハウス」と同じ発想ですね。家も車もこれからますますスマート化していくことが考えられています。


河合 先ほど、物忘れの話をしましたが、大事なものには全部タグでチップをつけて、なくすことを防ぐこともできるでしょう。


 こう見ていくと、課題を見つけさえすれば、その解決にAIが活用される未来は十分あり得そうですね。


井上 私が、AIが人の雇用を奪うなどと“暗い未来”を主張している理由は、政治家、官僚、知識人たちが、最悪のシナリオをもとに国のグランドデザインを考えておくべきだと思うからです。


 逆に、AIや科学技術がそこまで進歩しない可能性もあります。高齢者が増えたときに、それを支える技術が存在しないというシナリオにも対処しておく必要があります。


河合 AIなどの進歩が社会に浸透して、「あのときはこんなことを言っていたけど、ずいぶん変わったね」と私の予想が外れるという、うれしい誤算になってくれるといいですね。


 人口減少をただ恐れるのではなく、戦略を持って縮んだなら、この国は豊かであり続けると、信じております。我々は、AIだけでなく様々な技術力というものを、どうやって富や価値に置き換えていくのか。そこが人口減少とAIの発達の結合点になってくるんだろうと思います。


(「文藝春秋」編集部)


注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメントするニャ!
※絵文字使えないニャ!