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元祖デジタルアイドル伊達杏子は何度でも蘇る!?

2008年7月2日 12時00分 (2008年7月16日 11時10分 更新)

(左)が96年デビュー当時の伊達杏子。「DK-96」とも呼ばれていた。
その後、2001年に「DK-2001」(右上)にフルモデルチェンジ。昨年
Second Life内に登場したアバター(右下)はこの「DK-2001」が
原型になっている。©HORIPRO

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 『初音ミク』(音声合成・DTMソフト/クリプトン・フューチャー・メディア)や、『アイドルマスター』(アイドル育成ゲーム/バンダイナムコゲームス)のヒットによって、にわかに脚光を浴びる「デジタルアイドル」の世界。だが、今から10年以上前にこの分野を切り開いた先駆者的なアイドルがいる。その名は、伊達杏子。大手芸能プロダクション・ホリプロに在籍する、れっきとした「タレント」である。

 伊達杏子が“デビュー”したのは96年、ちょうど恋愛シミュレーションゲーム『ときめきメモリアル』(コナミ)が人気を集め、「バーチャルアイドル」という言葉が世の中に浸透し始めた頃だった。

「当時、最先端だった3D映像技術や、人間の動きをコンピュータ上で再現する“モーション・キャプチャー”という技術を使って、新規事業として何かできないか、というのがキッカケでした。新しいマーケットができるのではないかと」(ホリプロ映像事業部映像制作一部・朝長泰司部長)

 そうしてホリプロ伊達杏子プロジェクトに投じた初期投資額は、数千万円。それでも「CG制作会社も面白がってくれて、格安で協力してくれました」(同)とのことで、本来なら開発費が軽く1億円を超えるほどの大々的なプロジェクトだったそうだ。

 そうして、シングル「LOVE COMMUNICATION」でCDデビューした伊達杏子だったが、ブレイクすることなく表舞台から姿を消す。この原因について、“萌え”文化にも造詣の深い経済評論家・森永卓郎氏はこう分析する。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

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