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峰岸徹が死ぬまで向き合い続けた「岡田有希子自殺」の衝撃

2008年10月15日 12時00分 (2008年10月28日 07時10分 更新)
その確信は、岡田の"芸能界の育ての親"と言われているサンミュージックの相澤秀禎社長(現・会長)の取材で、揺ぎないものになった。

「有希子は、デビュー前から僕の自宅で下宿していたんですが、デビューして売れ始めたんで、一人暮らしを始めた。その3日後に有希子の住んでいた部屋に、のりピー酒井法子)が入ってきたんです。そして、自殺する3日前に、僕の家に有希子が食事に来た。なんとなく元気がないから、"おまえがこれからうちの会社を背負っていくんだから、がんばらなきゃだめだよ"というと、"私なんかもう、だめだから""あとにいい子(=酒井法子のこと)がいるじゃない"という暗い話をしだしたんです」と、相澤社長は自殺前の岡田の様子を語ってくれた。

 岡田は、4月8日の早朝、自宅でガス自殺とリストカットを図ったが、未遂に終わった。危険を察した事務所は岡田を事務所に連れてきた。

「僕が歯医者から戻ると事務所のビルの下が大騒ぎ。有希子が飛び降り自殺したんです。僕を待っている間、朝の自殺騒動について僕に何か言われるがいやで、屋上に言って飛び降りたんだと思ったんです。ところが、彼女が残していた1冊の日記風のノートが発見されて、それを読んで自殺の真相が理解できました」

 その日記風のノートには、相手の男性の名前(=峰岸徹)はもちろんのこと、彼女が峰岸を思い、そのことがうれしくて、喜ぶさま。一方で、その恋は成就することがないと判断し、真綿でクビを絞められるような苦しみが克明に綴られていたという。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

コメント 10

  • HIRO☆ 通報

    岡田さんが亡くなった当時、子供心に、とてもショックだったことを思い出しました。芸能界は闇が多いのだとあの事件で思った記憶がよみがえります。

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  • なんだかなあ 通報

    これは本当に可哀想。デマでもどんどん広がっちゃうと本当にそれが事実のように言われてしますから。大変だったと思います。

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  • さかさのサ 通報

    いい俳優さんだったね。 天国で二人ゆっくりと穏やかに話してください。

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  • ちゃもママ 通報

    笑顔が可愛く知的な印象の岡田さん、当時のショックを思い出します。峰岸さんも一生あの笑顔を忘れられず過ごしたのでしょうね。

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  • 匿名さん 通報

    あの日は忘れられないな。楽しみにしてた外タレのLIVEがその日あって、「大怪我じゃないといいな」とか参戦中ずっと気がかりだったんだけど、家帰ったらそんな次元の話じゃなくて愕然としたのでした・・・。

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