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「日本の宗教戦争」を検証する

2010年11月15日 18時00分

 中世ヨーロッパにおけるキリスト教諸国による、イスラム教諸国との宗教戦争は「十字軍」として、ほとんどの方が知っていることだと思う。
 また、ヨーロッパではカトリック国とプロテスタント国の戦争が起こったり、魔女狩りや異端審問といった名目で、キリスト教諸国がユダヤ人などの異教徒虐殺を続けていたことも、日本人の多くは知っているはずだ。
 ところがわが国日本にも、古来より数多くの宗教戦争があったことを意識する人は少ないようだ。

 古くは物部氏と蘇我氏の争いは、神道(物部)と仏教(蘇我)の争いといわれていて、仏教側が勝利。やがて一向宗(浄土真宗)、日蓮宗、天台宗が抗争するようになる。天台宗も延暦寺派と紀三井寺派に分かれて武力抗争をする。真言宗も高野山と根来寺に分かれ、戦うようになる。

 これら当時の宗教団体はそれぞれの領土を持ち、年貢や通行税を徴収する「宗教王国」と化していたのである。
 天文5年(1539)には、比叡山の僧兵と武将の六角近江衆20万人以上の僧兵や兵士が、京都の法華宗寺院21本山を襲っている。対する法華宗の兵力はその時2〜3万しかおらず、京都法華21本山はすべて焼き落とされ、女子どもも含めて数万人が殺されたという。

 日本でもこういった数千、数万人単位の宗教戦争がたびたび起こっていたようだ。
 宗教戦争の理由は、いつの時代、どこの世界でも変わらない。
 自宗派が正しさの証明であり、その神仏による「慈悲」や「愛」により悩める人々を「救う」ことが大義名分。

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