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西城秀樹さん追悼秘話 意識不明のベッドで呼びかけにポロリ最後の涙

2018年5月19日 11時00分

後楽園球場でのコンサートで熱唱する西城さん(1978年7月)

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 歌謡界「新御三家」の一人で、約140万枚のセールスを叩き出した1979年の「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」など数々のヒット曲で知られる歌手・西城秀樹(本名・木本龍雄=きもと・たつお)さんが16日、急性心不全のため横浜市内の病院で死去(享年63)したことが17日に分かり、日本中が悲しみに暮れた。脳梗塞を2度発症して後遺症が残る満身創痍の体を押してステージに上がった“最後の東京公演”、そして“植物状態”になった病室のベッドでこぼした“最後の涙”――。本紙だけが知る追悼秘話を一挙公開する。

 郷ひろみ(62)、野口五郎(62)とともに「新御三家」として一世を風靡した秀樹さん。晩年は、病魔との凄絶な闘いの連続だった。

 妻・美紀さんと結婚した2年後の2003年。歌手としても脂が乗り切り、公私に充実していた48歳の秀樹さんは、ディナーショーを開催した韓国で1度目の脳梗塞を発症する。当時は衝撃を呼んだが、これまで報道されなかった舞台裏があった。事情通の証言。

「実は現地のゴルフ場で水道の水をがぶがぶ飲んだ後、程なくして『あぁ…具合が悪い…』とこぼすようになった」

 発症後、言葉をうまく発声できない軽度の言語障害が残る事態になったが、体調を崩したきっかけは、意外にも現地の“生水”だったという。

「もちろん生水だけでなく、心身ともに疲れがたまっていたことが前提にありますが…」(前同)

 その後、水にこだわりを持つようになったのは有名な話だ。

注: この記事は配信日から2週間以上経過した記事です。記事内容が現在の状況と異なる場合もありますのでご了承ください。

「西城秀樹さん追悼秘話 意識不明のベッドで呼びかけにポロリ最後の涙」のコメント一覧 5

  • 匿名さん 通報

    韓国の水道水ってヤバいんだ。知らなかった。

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  • キジトラ 通報

    秀樹さん、悔し涙だったのではないでしょうか?お疲れ様でした。

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  • 匿名さん 通報

    西城さんも死にたくない、死にたくないと思ての悔しさ、無念さ、だと思う。こうゆう人はまた仏様神様が来世で人間になって生まれてくると。いい人やいいおこないをした人は。

    20
  • 匿名さん 通報

    死ぬ時人は涯を流すのは本当に嘘じゃない。僕のばあちゃんもそうだった。やっぱり死にたくないという気持ちが本人にあったと思う。

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  • 匿名さん 通報

    朝鮮半島の水や食べ物は、世界中の人々にとっての毒と言われて久しいんですがね。

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