東京都・目黒区で5歳の船戸結愛ちゃんが亡くなった事件。父親から日常的に暴力を振るわれ、十分な食事を与えられず衰弱死したという悲惨な虐待の内容と、結愛ちゃんが書いた「おねがい ゆるして」という手書きの文章は社会に大きな衝撃を与えた。



 今回の特集では、あらゆる視点から虐待が起こる要因や予防策を探るために、5回にわたって専門家へのインタビューを掲載する。

 第4回は、淑徳大学 総合福祉学部 社会福祉学科教授である子ども家庭福祉学者・柏女霊峰氏に、児童相談所の“措置機能”に関する見解を聞いた。児童相談所は4つの基本的機能を持ち、それぞれは「市町村支援機能」「相談機能」「一時保護機能」「措置機能」となる。ここでいう措置とは、児童福祉法において、県または児童相談所が実施する行政処分のことを指す。噛み砕いて言うと、児童相談所では、虐待した親/された子どもに児童福祉司などが指導を行うほか、一時保護した子どもを親元に戻すか、乳児院・児童養護施設などに入所させるか、里親に委託するかの判断も下しているのだ。虐待を繰り返さない、死に至る子どもをなくすため、児童相談所における措置機能の“有効性”と“課題”に迫る。


【第1回】「加害者の半数は実母」「幼児より新生児の被害が圧倒的に多い」――児童虐待の事実をどのぐらい知っていますか?

【第2回】児童相談所の権限強化や警察との全件共有は、本当に救える命を増やすのだろうか?

【弟3回】悲しいことに結愛ちゃんが書いた「ゆるして」は珍しくない……子どもへの暴力を認めている日本の現状

児童相談所の「措置機能」とは?

――児童相談所には、措置機能があります。具体的に“措置”とは、どのようなことをするのですか?

柏女霊峰氏(以下、柏女) 児童相談所は都道府県が運営する行政機関なので、措置は行政処分として行われます。主に「在宅措置」と「施設入所・里親委託等措置」の2つがあり、「在宅措置」では、児童福祉司が自宅に赴いたり、ほかの福祉事務所や児童発達支援センター、児童家庭支援センターや児童委員などに委託したりして、保護者や子どもに対して指導を行います。「施設入所・里親委託等措置」は、児童養護施設や乳児院などの入所型の施設や里親、ファミリーホームに子どもの養育を委託することです。

――どのような措置を取るかはどうやって決まるのでしょうか? ガイドラインのようなものがあるのですか?

柏女 本来、行政手続きを進めるときは、行政手続法に則って行われなければなりませんが、措置は“その子どもの幸せのために何が必要なのか”という観点で判断されるため、そのプロセスにその手続きが含まれているとみなされています。また、例えば生活保護基準のような、入所のための基準が設けられているわけではありません。

なので、児童福祉司や児童心理司、一時保護所の児童指導員、保育士といった専門家がチームとなって議論し、最終的に児童相談所の所長が、どのような措置を取るか決定します。どの措置がベストなのかは状況によって違うので、まさにケースバイケース。医師が、患者の治療方針を決めるのと似た感じですね。ただ、性的虐待や、子どもの命が危険にさらされている場合は、早急に保護者から引き離し、施設や里親に預けるのですが、保護者が施設入所等の措置に同意しない場合は、裁判所にその判断が委ねられます。



――子どもと保護者に対する指導では、具体的にどのようなことを行っているのですか?

柏女 これもケースバイケースですが、例えば保護者が「子どもの面倒を見たくない」「疲れてしまった」などという場合、面談の後、子どもの心理検査を行い、その結果に“保護者が育てにくいと感じるであろう原因”が見つかれば、上手な付き合い方をアドバイスします。また、児童相談所のペアレンティング(親が親として育っていくためのトレーニング。
子どもの抱きしめ方の練習やコミュニケーションの取り方などを学ぶ)を紹介したりして、子どもへの愛着を育めるようにサポートしていますね。一方で、子どもと接するスキルはあるものの、自身が親や祖父母から虐待されて育ち、そのトラウマを子どもに投影しているようなケースでは、カウンセリングで保護者の心理洞察を進め、変われるきっかけを探っていくこともあります。こうしたトレーニングやカウンセリングを経て、保護者側に「子どものことを可愛いと思えるようになった」などの変化が見られた場合、子どもを親元に戻すことになりますが、その後も、定期的に家庭訪問を行います。もし、改善が見られなければ、子どもを里親や施設に預けることになりますね。

―― 一般的に「児童相談所は子どもを保護するところ」と思われがちですが、保護者にも深く関わっているのですね。

柏女 子どもの成長において、保護者が背負っている役割は大きい。
児童相談所が、保護者と関わりを持ち続けることで、親子関係が改善すれば、結果的に子どものためになるのです。ただ、保護者がそれに反発して、ペアレンティングやカウンセリングを勧めても拒否するケースがあります。現在、子どもの保護と保護者支援の両方を児童相談所が担っているため、親からすれば「子どもを引き離した相手の話なんか聞きたくない」という気持ちになるのでしょう。そのあたりは、今後の課題と感じています。

――裁判所が保護者に対して、ペアレンティングやカウンセリングなどを受けなさいと命令した場合、そこに強制力はないのでしょうか?

柏女 実は裁判所の命令は、保護者ではなく、児童相談所に「こういった指導をしなさい」という形で下るんです。保護者側へは決定内容の通知が行くだけで、最終的にペアレンティングやカウンセリングを受講するかどうかは保護者の判断に委ねられ、現状、強制力はありません。
そのため、家庭裁判所の審判によって施設入所したケースでは、児童相談所の指導に応じない保護者がほとんどですね。外国の場合は、裁判所が保護者に直接、受講命令を出すところが多いのですが……。



――児童相談所が、子どもの保護と保護者支援の両方を担っていることのほかにも、課題と感じることはありますか?

柏女 1つは、虐待の再発防止です。改善が見られた家庭でも、子どもが成長して反抗期を迎えたことや、引っ越し、保護者のパートナーの変更や転職/失職など、ライフイベントに何らかの変化が生じたことがきっかけとなって、数年後に再発するということも多い。だからといって、全ての家庭を10~20年と監視するわけにはいかないですし、親子を引き離し続けるわけにもいかないので、判断が非常に難しいというのが実際のところです。

 もう1つは、児童相談所以外で、ペアレンティングのようなケアを行う民間機関がまだまだ少なく、児童相談所自体もプログラムを習得したり実施したりする人手が不足している点です。
現場では、10年ほど前から海外のプログラムなども取り入れながら、具体例を挙げたマニュアルを作成しているのですが、十分に機能しているとは言えないのが現状。また、人手不足によって、関係者一人ひとりの抱えている案件が多く、虐待を受けた子どもを見守るためのケースカンファレンスである「要保護児童対策地域協議会」の開催が遅れてしまうことも、問題視すべき点かと思います。これは再発防止にも通ずるところですね。

――「要保護児童対策地域協議会」とは、どのようなものなのでしょうか?

柏女 虐待を受けた子どもを守る地域ネットワークです。「保健師は成長の様子を月1回は見に行ってください」とか「保育所では親と子どもの様子をチェックしてください」など、それぞれの関係者に役割を与えて、毎月開催される関係者が一堂に会した会議で情報を突き合わせるんです。ただ、関係者の日程調整がうまくいかず、会議が先延ばしになってしまうことも少なくありません。会議で情報を合わせてみたら、2カ月近く、誰も子どもの姿を見ていないことが判明するといったことも起こり得ますし、もし会議が遅れて子どもの安全を確認できていない期間が長引けば、それだけ取り返しのつかない事態に陥る可能性も高まってしまいます。異変があれば、すぐに中心となっている人に情報が集まるようになってはいるものの、単独の機関では、会えなかっただけで「急を要する」と判断するのは難しいという実情があります。

――児童相談所は、「虐待通告から48時間以内に子どもの安全を確認する」というルールがあります。虐待されているかもしれない子どもに“会えない”というのは、もっと危ぶまれるべき事態なのではと思ってしまうのですが……。

柏女 保護者から「帰省させている」「風邪を引いている」などと説明された場合、無視して強権発動してしまうと、もし真実だったとき、保護者は当然怒りますし、何より児童相談所との関係修復がとても難しくなります。そのため、その日は会えなくても再訪問の約束をして様子を見るなど、児童相談所としても及び腰になってしまうんです。

 とはいえ、結愛ちゃんの一件がきっかけとなって、国から「会えなかったら、ためらわずに立入調査を」という緊急総合対策が出されたので、子どもの命を最優先で救う方向へ変わりつつあるとは思います。ただ、前述の通り、子どもを引き離す役割と保護者支援の両方を児童相談所が担っているため、反発する保護者への対応は今後もっと対策を練らなければいけないでしょう。保護者の立場になれば、子どもを取り上げた機関から支援を申し出られるより、ほかの団体に寄り添ってもらえた方が、気持ち的にも受け止めやすいでしょうが、そのためには、人手や運営費などの問題も生じてくるので、一筋縄ではいかないのが実際のところではないかと思います。

――児童相談所の抱える課題は後を絶たないですね。

柏女 児童虐待が起こった際、その対応の権限をどこが持つのかも、改めて考えるべきだと思います。現在、「専門職を集めやすい」との理由から、都道府県がその権限を持っています。しかし、それにより、都道府県と市区町村の間で責任の所在が曖昧になってしまったり、都道府県と市町村間で押し付け合いが生じて対応が遅れたり、範囲が広すぎることで目が行き届きにくくなっているので、市区町村が権限を持ち、“自分の地域の子ども”として責任もって育てていくことが望ましいと私は思っているんです。そうすることで敏速な対応が可能となり、より多くの命を救えるようになるのではないでしょうか。実際に、虐待を受けたのが高齢者や障害者の場合は、市区町村が対応しているので、児童の場合でも対応可能だと考えています。



――親から引き離され、施設に入所したり、里親に預けられた子どもに、心のケアなどは行っていますか?

柏女 幼い頃に保護されたとしても、そのときのことを鮮明に覚えている子どもは多く、ある程度の年齢で「自分は親に捨てられたんだ」と解釈することがよくあります。そのため、児童養護施設などでは、子どもが社会に出るときに、誰をも恨むことなく生きていけるよう、自分の生い立ちを整理して心に落とし込む「ライフストーリーワーク」を行うことが進みつつあります。保護者はそばにいなくても、愛情をかけてくれる人は周囲にたくさんいるということを知る作業です。そういった面でも、特定の相手と愛着関係を育む里親は、根本的な信頼関係を築く上でも、将来家庭を築くときの学びとしても、とても重要な制度だと思います。

――柏女先生は、以前児童相談所に勤められた経験をお持ちとのことですが、子どもの措置を決めるということに対し、どう向き合っていたのでしょうか。

柏女 それが本当にその子どもの幸せにつながるジャッジだったのかということは、常に気にかかっていました。里親に預けられた子の家庭訪問に行った際、とてもかわいがられている様子を見て、ようやく「良かったんだ」と納得できたり。一方で、精神障害を持つ保護者から虐待を受けていた子どもを保護し、児童養護施設に託すという措置を取ったところ、保護者にとっては子どもが生きがいだったようで、自殺を図ってしまったんです。そのときは、「この選択は正しかったのか」「子どもを親元に戻していたらどうなっていたか?」などと葛藤しました。

 児童相談所は、よく「子どもの処遇を振り分けるだけ」なんて言われますが、判断一つひとつが、1人の子どもの人生を大きく左右するわけですから、その重圧は言葉では言い表せないほどです。正解がないことですから、なかなか難しい。子どもの気持ちを思えば、できる限り、親子関係を再構築して、親元へ返してあげたい……児童相談所としては、それが最良であると感じていると思います。そのために何ができるのか、考えていかなければいけませんね。

柏女霊峰(かしわめ・れいほう)
淑徳大学 総合福祉学部 社会福祉学科教授。同大学院教授。1976~86年、千葉県児童相談所において心理判定員として勤務し、その後、94年まで厚生省児童家庭局企画課勤務。石川県顧問、浦安市専門委員、厚生労働省社会保障審議会専門委員、内閣府子ども・子育て会議委員、東京都子ども・子育て会議会長、東京都児童福祉審議会副会長、流山市子ども・子育て会議会長も務める。